正直、大きな道路沿いにアパートがあるわけじゃないので、夜中はあまり歩きたくない。
 ミナトさんが居てくれるなら、送ってくれるなら、安心する。嬉しかった。

「あ、でも方向違うでしょ? 嬉しいけど、悪いから」

 嬉しいんだけど……ミナトさんどこに住んでるのか分からないし。

「方向違うけど、送ったあとは、すぐタクシー拾って帰るから大丈夫」

「……」

「そう警戒しないの。俺、男だよ? こういう時役に立つんだから」

 そう言われて「行くよ」って言われたから、あたしも歩き出す。
 こういう時って、どういう時だろう。

 蓮と、この前も2人でこうやって歩いて帰った。同じ道。今日は違う人と歩いている。
 でも、蓮はそれを知らない。

 そしてたとえば、この道を蓮が誰か別の女の子と歩いたとしても、あたしは分からない。あたしの中の、蓮の思い出が増えないだけ。それだけなんだ。

「また、会いたいんだけど」

 闇に紛れ、唐突に言われる。いま、蓮のことを考えていたけれど、この声は、この人は、ミナトさんだ。今日会ったばかりの人だけれど。

「もうちょっと、詩絵里ちゃんと話がしたいんだけど」

「……」

「知りたいんだけど」

 街灯の下。ミナトさんは立ち止まって、柔らかな笑顔で言った。