その様子だと、お姉さんから説明を一切受けていないのね。
返事に困って、とっさに出した財布。
ここにいる理由?
言い訳なら、ちゃんと用意してあるよ。
「前に、フルーツタルト代ちょっとだけ借りたでしょ?
だから返しに来たの」
笑って、言ってみせる。
本当はそれだけの理由じゃない。
なんでもいいから、単純に凪兎に会いたくなっただけ。
感情を押し殺すために、一生懸命つくる笑顔。
「あと、お姉さんに借りた服も持ってきたからさ。
……本当、返すの遅くなっちゃってごめ───」
「俺が聞いてんのは、そういうことじゃない」
強く机を叩いてから、こちらへと向けられる眼差し。
音にびっくりして、身体が飛び跳ねた。
「なんで来たんだよ。
あんただってわかってるだろ、俺たちは敵同士だって」
いつもの口調じゃない。
凪兎は、たぶん怒ってる。
「こうやって会ってたら、あんたは仲間を裏切ることになる」
言いたいことは、だいたい予想できてるんだ。
お互い仲間がいるんだから、あたしたちが会うのは良くないこと。
「それに、俺はずっとあんたを騙してた」
「……うん、わかってる」
そんなこと、痛いくらい知ってるよ。
凪兎の刻印(しるし)も、亜蓮との会話も、嫌ってくらいそれを示していた。