それを『私の書き方だ』と割り切れれば
愁明自身少し楽なのでしょうが、
やはりそうもいかず…
新しい事はこんな感じでこれを終りまでして
外伝の書き直しにゆっくりとでも走ろうかとも感じています。
怖さとかもあるのでしょうかね…
慣れている事をしていたいって思っているのでしょう。
面倒な性格だと思っています。
描写の書き過ぎと、足りなさ過ぎさだとか、風景だとか情景の描写は?とかね。
詩はごちゃ混ぜにしてみて書いているけれど
愁明の見えている世界は何処かそういう感じです。
詩にルールが全く無いわけではなく、実は区分が多い。
散文詩というのは小説との間という本当は
真逆のものがくっついたものです。
そう、小説と詩は相対する物でもあります。
現代詩というものとして扱って大まかに自分では分けている。
即興、散文、自然、恋……
ストレートに描くときもあれば
真っ直ぐと曲がりくねって描くときもある。
きっと五年後、十年後も何かこうしているのかもしれません。
……あぁ次『を』だよな。
まずこの説明からだなある意味ルールとしてw
愁明自身少し楽なのでしょうが、
やはりそうもいかず…
新しい事はこんな感じでこれを終りまでして
外伝の書き直しにゆっくりとでも走ろうかとも感じています。
怖さとかもあるのでしょうかね…
慣れている事をしていたいって思っているのでしょう。
面倒な性格だと思っています。
描写の書き過ぎと、足りなさ過ぎさだとか、風景だとか情景の描写は?とかね。
詩はごちゃ混ぜにしてみて書いているけれど
愁明の見えている世界は何処かそういう感じです。
詩にルールが全く無いわけではなく、実は区分が多い。
散文詩というのは小説との間という本当は
真逆のものがくっついたものです。
そう、小説と詩は相対する物でもあります。
現代詩というものとして扱って大まかに自分では分けている。
即興、散文、自然、恋……
ストレートに描くときもあれば
真っ直ぐと曲がりくねって描くときもある。
きっと五年後、十年後も何かこうしているのかもしれません。
……あぁ次『を』だよな。
まずこの説明からだなある意味ルールとしてw