不貞浪士や悪人を敵にする、一見すると正義の味方と思っても可笑しくはない紅椿。俺がどうしてそんな集団相手に稽古をするか。

 それは彼らが本物の正義の味方ではないからだ。今の世で不貞浪士や悪人と呼ばれる人は、御上の言う事に逆らっただけの善良な市民も数に含められている。紅椿はそんな人も殺してしまうのだ。

 この世は自由だ何だと謳われている割りに、思考も行動も完全に制御されてしまっているらしい。


 あの紅椿を本当の英雄と言うならばこの世はもう救いようのない世界と化していると言っても過言ではない。だから俺は彼らを殲滅しようとしているのだ。まだ救える世に望みをかけたいが為に。

 もしかすると、それで瀬川の名も回復してくれるかもしれない。だがこれは余分な希望だな。



「ちょいと、隣に失礼するよ」



 不意にそんな声が聞こえて、俺は顔を上げた。すると昼の街が似合わない派手な男が俺の事を見下げていた。柔い笑顔のままで。



「あぁ――どうぞ」



 彼、吉原丑松は俺の隣に腰を下ろしてみたらし団子を頼んだ。茶屋の娘は目を丸くしながら注文を承り、せわしなく奥へ駈ける。

 色街の色男が昼間っからこんな処に来るのだ。それが平生ではない事くらい、俺にも分かる。



「ねぇ旦那、さっき宗柄の鍛冶屋に来てた旦那だよね?」


「あ、あぁ。瀬川村崎だ」


「俺は吉原丑松。これも何かの機会だろうし、よしなにしてくれ」



 整った顔立ちをしている癖に、彼の仕草には何一つとして嫌味な部分はない。どうやら色男と呼ばれるだけの事はあるらしい。

 俺は彼の横でしばらく桜餅を頬張った。街を行き交う人の視線は彼に向けられているが、彼はそんな小さな事は気にしていない様子である。器はでかいのか。



「答えたくなきゃ答えなくとも構わないんで、質問させてくれ」



 唐突に彼はそんな事を言った。