俺が次の稽古相手に選んだのは今巷を騒がせている辻斬り『紅椿』である。暗殺集団だ。

 紅椿とは現場に椿の花を残す事を由来に世間が付けた通り名である。正体や人数構成は不明。だが不貞浪士や悪人を斬る暗殺者であることだけは分かっている。



「まあ、村雨殿の形見だしな。一応直してやるよ、任せろ」


「ああ。頼む」



 煙管の煙を吐き出した彼は、返事の代わりに手を挙げてひらひらさせた。これは癖だろうか。先程から何度も見ている気がする。



「時に大和屋、今夜も――例の紅椿とやらは出るだろうか? ここの所、毎日出てるらしいな」


「……さあな。何でそんな事を聞くんだ。お前は街に住んでるわけでも、悪人でもないだろ?」


「情報として聞いただけさ」


「ならいいが。紅椿相手に喧嘩を売るような真似だけは止めてくれよ。奴らの強さは尋常じゃない。いくらお前でも死ぬぜ。約束してくれ村崎、おい聞いてるか?」


「尋常じゃないなら尚更相手になりたいものだ。ただ稽古するだけだし大丈夫、死にはしないよ」


「ふざけんな、お前は奴らを知らないんだ。絶対止めろよ、そうでなきゃ刀は直さないからな」


「けちけちするな。お前ほどの腕なら二、三日で出来上がるだろ? その頃にまた取りに来るよ」


「あ、おい、待て村崎!」



 止める大和屋を無視して、俺は鍛冶屋を後にした。心配性とまではいかないが彼は心配し過ぎである。彼に構っていたら俺は稽古になんて到底行けやしない。

 俺は少し休憩しようと茶屋へ寄り、団子を頼んだ。長椅子に腰をかけるとゆっくり息を吐く。


 残念ながら俺の将来はお先真っ暗であった。仕事もなければ金もない。父が残してくれた金は今年中にも底をつきそうなのだ。

 刀を売れば早いのだが、ぼろ刀を売った所で金額は知れている。

 だから俺は稽古と称して戦場へ行くのだ。そこに少なからず金になるものがある。だが近頃は大きな戦も減ってきていた。



「はいどうぞ、お兄さん」


「ありがとう」



 運ばれてきた桜餅を口に入れ、俺は無意識に空を見上げた。雲一つない青空は、見通しのない未来を持つ俺にとって眩しいばかりである。あぁ、無情だなあ。