俺に言ったのか定かではなかったが、俺は彼とすれ違う様に会釈をした。吉和丑松の独特な雰囲気に飲み込まれそうになっていた俺は突然上がった声に驚いた。
「久しぶりだな、村崎。お前が江戸を離れちまったから俺は話し相手が居なくて困ってたんだ」
「でもさっきのは吉原の鬼神じゃないか。十二分に手応えのある話し相手じゃないのか? 腕っぷしも相当強いと聞いてるぞ」
「俺が探してるのは普通に会話する相手だ。吉原はまあ強いが、そもそも比べる世界が違う。あいつの相手は女の方が適してるだろ」
「まあ、大和屋がそう言うならそうなんだろうな。ところで」
俺は折れた刀を六本、あぐらを組んで作業をする大和屋の前に置いた。彼はそれを見るなり俺を見上げて、声を出して笑う。
俺は何事かと首を傾げた。
「こいつは――村雨さんの刀じゃないか。お前全部折ったのか?」
「折りたくて折ったんじゃない。もとから錆びていた刀もあったからな。稽古していたら折れた」
「稽古って例のアレか。もう止めろって言ったじゃねぇかよ。戦場を荒らしに行くなんざ死にたがりでもやらねぇぞ。ありゃ稽古って言わねぇ。俺はお前が帰ってくるのが不思議でならねぇんだぜ」
「生きて帰れるのは俺がちゃんと稽古を積んでいるからだよ。俺の事はいいから刀を直してくれ」
相手のない稽古は臨機応変が利かなくなって使えない。ただの道場剣術には興味がないのだ。だから俺は戦の噂を聞いてはその地へ旅立って参戦している。
別称『死した戦士の亡霊』だ。
「直すのか? お前の腰の刀、それは――村雨殿が幕府から貰った刀だ。滅多な事じゃ折れねぇぜ」
「これが?」
「芥生流水(あざみりゅうすい)そいつが刀の名だ。戦国の千人斬りを斬ったって有名な銘刀さ」
まさかそんな凄い刀だとは思わなかったが、彼は江戸一番の鍛冶職人と言っても過言ではない。その情報は本当なのだろう。
だがそれを聞けてよかった。