河原にかかる橋まで行くと人だかりが出来ていた。触れ書きで紅椿の首謀者が打ち首になると出ていたので、その見物に来た野次馬共で一杯になっていたのだ。俺はその中を懸命に掻き分けて進んだ。とにかくまずは旦那を見つけなければ話にならない。
「旦那!」
声を上げたが返事はなかった。聞こえないのだろうか。それとももう介錯人の方へ行ってしまったのか。大和屋の旦那は何と言うか行動が早いからそれもあるかも知れない。
だが俺はふと目の前の光景に目を奪われた。瀬川の兄さんはまだ生きていた。橋の下、川の傍の砂利地に後ろで手をしば縛られた兄さんがいる。間に合ったのだ。だがそれも時間の問題だろう。この人だかりの中、刑が執行されなければ介錯人の任が疑われる。
「瀬川の兄さん!」
兄さんは顔を上げた。牢で話した時と顔色は何ら変わらない。彼はまだ死を自覚していないのかも知れない。俺は橋から飛び降りて砂利地に足をつけた。辺りに旦那は居ない。
迷っているのか機を伺っているのか、俺を囮にする気なのか知らないが。一体どこから現れるつもりなんだろうか。あの人は。
「その介錯待った!」
俺は声を張り上げて仁王立ちする。瀬川の兄さんは俺を眺めたまま表情を変えなかった。介錯人が俺を見て首を振る。物言いたげだが聞いてる暇は残念ながらない。
新撰組の隊士が数人警備に来ていたらしく俺を見て驚いていた。だがすぐに俺を捕らえようと近寄ってくる。丸腰の俺を見て油断した様で。彼らはまだ俺が敵に回った事を知らないようだ。ただ俺を静止させるだけ。
「沖田さん、下がってください」
「彼は罪を認めてるんです」
そして馬鹿を言いやがる。
「瀬川の兄さんは殺して良い人じゃありません。大体、捕まえて三日は取り調べなり何なりしなければいけないのにどうして」
言ってから俺は首を振った。どうしても何もない。徳川の旦那が殺せと言ったのなら三日だろうが七日だろうが無視されるに決まってる。そんな事は聞かなくてもいいんだ。
「とにかく執行は中止して下さい」
俺は隊士と介錯人に出来るだけ威厳をつけて説得を試みた。だが彼らは首を振るばかりで何も答えてくれない。話のわからないやつらめ。悪態を付きそうな心を押さえた。
「今はとにかく――」
「沖田さん、いいんです」
「瀬川の兄さん」
「もういいんです」
「何がです。良くない」
「話は着きましたから。俺の目的はお陰さまで全て達成できそうですし。いいんですよ」
何を言ってるのかこの人は。
「大和屋の旦那も来ます。瀬川の兄さんを殺すわけにはいかないって暴れてたんですよ」
「今は大人しいもんですよ」
「え?」
「大和屋なら後ろにいます」
瀬川の兄さんを疑う様に俺は後ろを見た。