「ところで瀬川の兄さん。新撰組に喧嘩を売るなんて言葉を聞いた人はどこの娘さんですか」
「それは言えません」
「なるほど。甘味屋の娘ですか」
「――沖田さん、なぜそれを? まさか新撰組でもその情報は既に掴んでいたのですか?」
「いいや。知りませんでしたよ」
見回りの隊士に見つかっては面倒なので、辺りを見渡しながら甘味屋の方へ歩いていく。あぁ瀬川の兄さんの疑問は簡単だった。
「俺はどこの娘かと聞いたんですよ。甘味屋辺りには子供が沢山いるが娘さんと呼べる年代の人は甘味屋の看板娘くらいでしょう?」
「引っ掛けましたね」
「いやあ瀬川の兄さんは正直ですからちょっと試したんです。でも他言はしませんからご心配なく」
「油断も隙もありませんね」
「て、言いますけど俺は兄さんの味方ですよ。でなきゃ着いて来ないし倒れてても無視してます」
通りがかった甘味屋には数人の客が入っていた。盛況しているらしい。忙しそうに例の娘が働いているのが見えた。あ、会釈した。
瀬川の兄さんは会釈し返す。ほら彼女が兄さんを好いてる人だ。
「瀬川の兄さん、こっちですか」
「はい。時間はもうすぐですから待っていれば……あ、あの人ですかね。聞いた特徴に合ってます」
路地に隠れて様子を見ていると兄さんは一人の男を指差した。だがその男の回りには数十人のがたいの良い野郎がたむろしている。
なるほど、あれで新撰組に喧嘩を売るつもりだったんだな。頭は悪そうだが力は強そうだ。
「よし、今から新撰組に奇襲をかける。目的はやつらが役立たずだと国民に見せつけるためだ」
男たちが小さな唸り声を出して気合いを入れてから、新撰組に向けて進み出した。瀬川の兄さんがすぐに追いかけようとしたので、俺は彼の襟首を引いて止める。
「こんな所で始めたら甘味屋に迷惑がかかりますよ。それに狭いから一対一でしか戦えなくなる」
「一対一の方が都合良いのでは」
「サシなんて、面白くないでしょう。一対大勢だからこそ力の誇示が出来るんですよ。悪いですけど俺は今回新撰組で来てる訳じゃありませんからね、瀬川の兄さん」