瀬川の兄さんは少しうつむいて床を見つめた後、布団に寝転ぶ俺に視線を放り投げた。その目はまるで仕方ないなと言っている様でなんだか可笑しくなってしまう。

 この人は押しに弱いな。



「――ある、お人がね」



 兄さんの眉が下がった。



「新撰組に喧嘩を売りに行くと言う言葉を聞いたとそうなんです」


「なんと」


「だが、根拠もなければ証拠もない。だけどその人は新撰組に想い人がいるみたいで――心配だと相談されたんです。だから俺は」


「なんと間抜けな人なんでしょうねぇ。可哀想にも程があります」


「え?」



 瀬川の兄さんが目を丸くした。だけどそうだろう。新撰組に喧嘩を売るた、肝の座った台詞を吐いているが頭はまるで空っぽだ。

 バカでしかない。



「あぁ、瀬川の兄さんの事を言ってる訳じゃありません。その喧嘩を売ると言った男の事を言ったんです。新撰組に喧嘩ねぇ、はは」


「沖田さん」


「いいでしょう。その喧嘩、誠を代表して俺が買いに行きます。はははっ、笑いが止まらねぇや」



 いけないいけない。だけど刀を抜いて喧嘩が出来ると思ったら楽しくて仕方ねぇ。いけないな。



「しかし沖田さん、身体は」


「平気ですよ。それより、早く行かなきゃいけないんでしょう」



 瀬川の兄さんは頷いて立ち上がる。俺はそれに続いて立ち上がると部屋の襖をそろりと開けた。だが見張りがいる。土方さんってばよっぽど瀬川の兄さんに逃げられたくないみたいだ。まったく。

 気付かれないように襖を閉めて向き直る。こうなったら縁側から出て行くしかない。見張りはいない。俺は兄さんを手招きした。



「外は見張りがいましたから、すいませんがここから出ましょう。それで何処に向かうんですか?」


「甘味屋の裏道です」


「――なるほど」



 俺たちは縁側の方から外へ抜けた。誰にも見つからなかったはずだ。俺は瀬川の兄さんを見た。

 罪な人だ。きっと兄さんに喧嘩の事を伝えたのは甘味屋のお嬢さんだろう。新撰組に想い人なんていない。お嬢さんは兄さんの事を好いているのだろうなあ。