あと少し。
あと少しなんだけど…
それがなかなか進まない。
自分からキスするなんて、恥ずかしすぎる。
そのままの状態でモタモタしてると、純平の目がゆっくりと開いた。
「桃ちゃん、震えてる」
「え?ホント?」
「ほら」
純平に言われて手のひらを見ると、確かに小刻みに震えてる。
「ホントだ…」
「桃ちゃん可愛い」
「純平…」
純平がギュッとあたしを抱きしめた。
「純平はなんで緊張しないの?」
「緊張してるよ。かなり」
「ホントに?」
「ほら、ここ」
純平があたしの手を自分の心臓に当てた。
「すごい…心臓バクバクしてる」
「でしょ?いじわるしてごめんね?」
そう言いながら純平はサッと立ち上がった。
「あっ!桃ちゃんもうこんな時間!送って行くよ!」
「あ、うん。ありがと」
送って行くと言われてホッとした自分と、少し残念に思った自分がいた。
何を期待してたの、あたしは。
もしSキャラの方の純平だったら、また強引なキスを許していたのかな。
そして、それ以上のことも…?
「桃ちゃん、行くよー」
「…うん」
直前まで二人で居たソファを横目に、純平の部屋をあとにした。
◇◆◇◆
「桃~、アンタんとこの王子様そこで囲まれてたよー」
「はい?なんでまた」
今日は文化祭。
ミカが大きな段ボールを抱えながら教室に入って来た。
「純平にあの格好、似合いすぎでしょ。女子の塊になってたよ」
「バカじゃないの、アイツ」
そう言いつつ、ちょっと気になるあたし。
1-A 「眠り姫」
あたし達のクラスが体育館で演じる劇。
純平は多数決で強制的に王子様役に決まった。
主役のお姫様役はあたし、じゃなくて…
サクラちゃんって女の子。
学年で一番美人って有名なサクラちゃん。
成績も優秀。
いかにも女の子って感じですごく人気がある。
で、本番に備えて王子様衣装に身を包んだ純平がどこかで囲まれてる、と。
みんなの想像以上に王子様スタイルが似合っちゃって…
すれ違う度に女子が振り返ってた。
あたしは残りものの照明係。
完全な裏方さん。
ミカは自慢の腕を武器にヘアメイク係。
器用で本当にうまいんだ。
「桃が立候補すればよかったのに。桃がお姫様だったら純平喜んだだろうなー」
「ムリムリ!あたし、姫ってキャラじゃないでしょ。クラスみんなサクラちゃんで大賛成だったじゃん」
「まー、アンタみたいな気が強いお姫様はなかなかいないよね」
ミカってば笑いながら結構グサッとくること言う。
「うわー」
「すごーい!」
その時、急に教室がざわめいた。
「サクラちゃんキレイ!」
お姫様に変身したサクラちゃんが教室に戻って来たところだった。
教室にいた男女全員が、その姿に見とれた。
薄いピンク、まさに桜色のドレスが色白の肌によく似合う。
小さなティアラが頭の上でキラキラしてる。
「どうかな…」
みんなに注目されたサクラちゃんは、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「すごくキレイ!」
「本物のお姫様みたい!!」
女子が口々にサクラちゃんを誉めた。
男子は完全にときめいちゃってる。
「可愛いすぎ…」
「桃…やらなくて正解だったね。アレには勝てないや」
あたしもミカも、サクラちゃんのあまりのお姫様ぶりに力が抜けた。
サクラちゃんがみんなに「キレイ」「可愛い」と誉められてる後ろで、またザワザワした。
「王子様連れて来たよー!」
女子の声と同時に、純平が教室に入ってきて、サクラちゃんの隣に並んだ。