嫌味なぐらい広い廊下に出た時
今一番会いたくない人に出くわした。


高そうなグレーのスーツを着たその人は
シルバーのフレームの眼鏡の奥から
覚めた目つきで私を見下ろしてくる。


この家の一族が代々経営している
大病院の医院長、西条 孝夫(たかお)。

そんな肩書を持った今の私の保護者は
いつも仕事ばかりで
滅多に家にいる人じゃないのに。


――なんてツイてない。


軽く会釈をしてすれ違おうとしたら
彼は私の前にスッ寄って足を止め
行く道をさえぎられたから
思わず身体がビクッと震えた。


「おはよう。
夏休みだからって
そんなだらしのない格好で
ウロウロするんじゃない。
早く着替えてきなさい」

「……はい、ごめんなさい」


いい子の演技も板について。

それらしく落ち込んだような声を出すと
満足そうに頷いた後階段を下りて行った。

彼の姿を無言で見送り
その背中を睨み付ける。


――息が詰まる。

この大きすぎる家も
絵画や陶器などの毒々しい調度品も
あの人が私を見る目つきも

全部血が通ってなくて
監視されてるみたいで

この家には
私の居場所なんかどこにもないって
どうしたって思ってしまう。


再び込み上げてきた吐き気を我慢しながら
自分の部屋へと飛び込んだ。