――――――


「よう、ごくろうサン」


廊下の椅子に腰を下ろした
俺の目の前のドアが
ガチャリと開いたと思ったら

いつもの通り脳天気な
いや、いつもより輪をかけてアホっぽい顔で
ケンは俺に向かって右手をあげた。


その手にはグルグルと包帯が巻かれ
着ていたTシャツには
所々ドス黒い血の染みができていたから
思わずため息をつく。


――お前どんだけやったんだよ。


「……で、どうだった?」


神妙な顔でそう聞くと
ケンは鼻歌でも歌うぐらい
上機嫌でこっちまで歩いて来て

俺と少し離れた場所の椅子に
ドカッと勢いよく座り込んだ。


「俺ってスゲーラッキーみたいでさー
何だかよくわかんねーけど
あんまり深くは切れてねーみたい。

ちょこっとだけ縫ったけど
傷さえ塞がれば
すぐに元通り動くようになるってよ。

あんなに出血したのは
“あんた血の気多過ぎんじゃないの!”
って、豪快なおばさん看護師に
笑われながら背中バシバシ叩かれたし。
手切った時より数倍痛かった」


とか顔をシカメながらも
楽しそうに笑うケンの目を見て
今の言葉は嘘じゃないってわかったから
ホッと胸を撫で下ろす。


でも――


「――明日のPV撮影と
明後日のライブは?
どうする、延期すっか?」

「は?
するわけねーだろ。

明日はあて振りだけだし
明後日だってそんな長く
演奏するわけじゃねーし
やるにきまってんだろ。

それに
もし傷口開いたとしても
血みどろで演奏とか
最高のプロモーションになるし」


ニヤリと笑いながら
そう言ってのけるケンに
半ば呆れつつも
同じように笑みをかえす。


「言うと思った。
っつてもたかがそれぐらいで
泣き事言ったりしたら
テメエのケツ蹴っ飛ばしてでも
ステージあがらしたけどな。

アキの話聞いたかぎりじゃ
そこまで傷が深くなったのは
自分のせいだろが」

「おー恐ぇ恐ぇー
リーダー頼むよ。
もっと優しい労りの言葉
かけてほしいんだけど」