――ケンが入って行った処置室のすぐ外の
廊下の端に規則正しく並べられた
深緑の椅子の片隅に座って
祈るように両手を固く握り合わせる。


内科の治療は大分離れているらしく
辺りはほとんど人けがなくて
胸が痛くなるほどの静寂の中
ゆっくりと目を閉じた。


そのせいで
まだ止まらない涙の粒が
スッと頬の輪郭をなぞる。


――どうか、どうか彼の右手が
なんでもありませんように。

ベースを弾くのに
支障が何もありませんように。


消毒液のにおいがツンと鼻につき
心なしか重苦しい気持ちになってくる。


やっぱり病院は嫌いだ

自然と色んな事
思い出してしまうから。


どうしてこんなに涙が止まらないのか
自分でもよくわからなくて
ケンの事が不安なのか
この場所のせいか

それともケイの死の悲しみが
今更涙となって込み上げてきたのか。

答えは自分ではわからないけど
心に溜まった毒のようなもの
少しずつ剥がれ落ちて
心が浄化したような錯覚がする。


無機質な病院の白い壁を見つめ
理由のわからないため息が出た後に

ガンガンガン!って
静かな廊下を駆けてくる
騒々しい足音が聞こえた。


その音の主が自然とわかって
思わず立ち上がったら
薄暗い廊下の向こうに見えた
長身のシルエット。

その人は私の姿を見つけると
まっすぐこっちに駆け寄って
その勢いのまま
私の事思いっきり抱きしめた。


激しく繰り返される呼吸と
触れた胸から響く
ドクドクと鳴る心音
腕を回した背中はシットリと汗で濡れてて

あれからずっと私の事
必死で探してくれてたって事が分かるから
切なさでますます涙が溢れた。


それと「ゴメンナサイ」
って気持ちを込めて
彼の胸に更に顔を埋めた。


「……ユウキ」