……え?


固く、固くにぎりしめた掌の中は
冷たく鋭い刃物でも何でもなくて
ましてや痛みも感じない

ゴツゴツ骨張った
ほんのりと温かく逞しい
誰かの手。


……何、で?


「あーやっと見つけた
海まで向かうのに偶然この道通ってなきゃ
むだ足になるとこだった。
俺ってツイてると思わねぇ?」

「………」

「まさか俺のが先に
お前の事見つけるとはな〜。

ヒロインを助けるのは
ヒーローって決まってんのに
セオリー破ってごめんね?
全くアイツはどこで何やってんだか」


ブツブツと文句を言いながら
そうやっていつもみたいに
軽い口調で話してるから

呆気にとられて
状況を把握するのが遅れた。


すると
彼の手と触れた部分から伝わる
濡れた感触と

私の肘に向かって
重力に逆らう事なく流れ行く
鮮やかな赤色。


当然それは私のものでなくて
一気に意識が覚醒して
慌てて手を離し
目の前の人物に向かって叫び声をあげた。


「ケン!
何であんたがここに!?」

「え?
タクシーで偶然通り掛かって」

「そういう意味じゃなくて
……それよりも、あ、あんた、
手!」


ボタボタとアスファルトに零れるほどの
大量の血液を見て
怖くなって
ガクガクと身体が震えた。


……だってその右手、
この人デビューを控えた
プロのベーシストなのにっ!