柔らかい髪に触れ、真っ白な肌に唇を這わせ。
俺は、実感する。
こんなにも、梨子を欲していた事を。
互いの身体が触れ合う度に、愛しさが込み上げる。
泣きたくなって、息苦しくなる。
抱き合っても、抱き合っても、足りない。
かつて、26年の人生で経験した事のない感情。
焦りにも似た欲望が、俺を急かす。
熱と熱がぶつかって、また新たな熱を生む。
何もかも、自分だけのものにしてしまいたい。
大切で守りたくて狂おしいのに、
同時に全て俺の手で壊してしまいたくなる。
荒い呼吸、潤んだ瞳の梨子が俺を見上げる。
梨子は、慈愛に満ちて微笑んだ。
俺は、その瞬間、
今なら死んだっていいとさえ思った。
狂気じみて、異常だとしても。
解き放たれる時に、
俺は梨子を強く抱きしめて、耳元で言った。
「……ッ愛してる―……。」
梨子の細い腕が、俺の首に絡みつく。
真っ赤なシーツの中で、
愛の海に溺れていた。
全ての後で、
まだまだ微睡む俺の横で梨子は俯せに横になり、足をバタバタとさせている。
漂う煙草の匂い。
俺の煙草を、吸っているようだった。
梨子が口ずさむ、へんてこりんな歌が俺をまた、眠りへと誘う。
「チェリー、チェリー、
あなたとあたしは二人で一つよ、
チェリー、チェリー。」
出会ってから3日目の夜、
俺と梨子は結ばれた。
同じ鎖で繋がれた、運命共同体の逃亡者。
脆くて壊れそうな、その愛を
俺は信じていたかった。
(熱いシャワーを浴びて、自分が生きている事を実感した。
都合のいい夢なんかじゃなくて、全て現実。
こんなにも穏やかな朝が人生の中にある事を、
俺は初めて知った。)
ざわざわと、風に流されて木々が揺れる。
無人駅のホームには、紅葉の葉が疎らに落ちていた。
廃れたラブホから、そう遠くない場所に駅があってよかった。
一時はどうなる事かと思ったが……。
「最初に服を買った時に、サングラスも買っておいて正解でしたね。」
「あぁ。」
二人揃ってサングラスをかけて、電車を待っていた。
車を失った今、人目に触れる機会が増える=捕まる可能性が一気に増したという事だ。
田舎の電車は、1時間に1本ペースらしい。
俺たちは、30分も待ちぼうけだった。
「本当に信頼できる奴なのか?」
「はい!」
梨子から返ってくるのは、自信に満ちた気持ちのいい返事。
電車で向かう先は、終点の白岩。
いつまでも行き当たりばったりの逃亡生活を続けるには限界があった。
どこか落ちつける場所があれば……と、話す俺に、梨子は言った。
一人だけ信頼できる人がいる、と。
その人物は白岩という町に住んでいるらしい。
………白岩、か。
「昔、住んでいた町なんです。
引っ越してしまったので、住んでいたのは7歳まででしたが。
引っ越してからも、友達に会いにきていて……何だか懐かしいです!
白岩は、海が綺麗な町なんですよ!」
梨子の話を聞きながら、俺は複雑な気持ちでいた。
俺は、その町を知っている。
なぜなら、俺が生まれてから中学卒業までを過ごした町だからだ。
こんな偶然って、あるんだろうか?
俺が15歳までを、梨子が7歳までを、過ごした町が同じだなんて。
自分でも、よく分からない違和感。
俺と梨子は、どこかで繋がっている気がしてならないんだ。
その点と点が線になった時、何が見えてくるんだろう………。
「朔ちゃん!電車が来ましたよ!」
明るい梨子の声。
色落ちして錆付いてしまったような色の、オレンジ色の電車。
11年前の、記憶の底に埋もれていた電車と同じだった。
白岩までは、この電車に揺られて1時間弱だ。
3両編成の電車の中には、誰一人として乗客はいなかった。
さすがド田舎の電車……。
それでも、俺がガキの頃はまだ賑わっていた気がする。
「うわぁ!貸し切りですねぇ!」
梨子は楽しそうに車内を見回す。
誰に遠慮する事もなく、俺たちは深緑色のシートに腰をおろした。
走りだした電車。
向井、小桜、吉守。
各駅で停車するが、やっぱり乗客は一向に増えなかった。
……サングラスの意味は、なかったかもしれねぇな。
「チェリー、チェリー、
あなたとあたしは二人で一つよ、
チェリー、チェリー。」
梨子が口ずさむ変な歌。
「……それ、誰の曲?」
「私が、子供の頃に作ったのです!作詞・作曲/奥田梨子です!」
ビシッと手を挙げる梨子。
「あなたって誰?」
俺の質問に、梨子は一瞬きょとんとした。
「あなたっていうのは………。」
「うん。」
「……もうっ!朔ちゃんったら!そんなの聞かなくても分かるじゃないですかっ!」
「……いや、分かんねぇよ!」
ツッコミを入れる俺を見て、ふふっと笑う。
梨子は指し示しながら答えた。
「“あなた”と“あたし”です!」
「……俺と梨子?」
「はい!」
………二人で一つ、か。
「あっ!そうだっ!」
突然、大きな声を上げる梨子。
「朔ちゃん!実は私、朝から思っていた事があるんです!」
「……何だよ?」
「朔ちゃんのこと、“ダーリン”って呼んでも宜しいでしょうか?」
「えぇ!?」
次に大声を上げたのは俺。
「な、な、何で!?」
「だって、ダーリンじゃないですかぁ。」
キャッ、キャッ、と梨子は騒いでいる。
「そ、それは………。」
「ダーリンっ!」
「う、うるせぇ!!」
「ダーリンっ!」
「オイっ!梨子っ!」
「ダーリンっ!」
「…………。」
………ックソ恥ずかしいっ!!!