「トイレで寝るか」

寝られるなら座ってでも良い。

「駄目駄目、他の人が入れなくなっちゃうよ」

「面倒くせえ」

冬狐の部屋を通り過ぎた次の扉には、美咲というプレートが紐でぶら下がっている。

「お前の部屋で寝るのか?」

「リビングは散らかってて入れないし、お母さんの部屋はちょっと問題があるし、お姉ちゃんの部屋に入ったら逆に何されるかわからないでしょ?」

笹原の母親は破天荒だと聞いたことがある。

保守派の上層部にいる笹原道元と夫婦だったはずだ。

「リビングでいい。散らかっているだけなら問題はない」

リビングへと突き進もうとしたが、笹原が前に立ちはだかる。

「駄目。ちょっとじゃないんだよ」

冷や汗までかいて焦っているようだが、関係のない話だ。

「何言っているんだ。物が少し落ちてるくらいだろう」

「駄目ったら駄目!ここが刃さんの寝床なの!」

笹原は引き戸を開けると、俺の背中を蹴り倒す。

絨毯の敷かれた部屋の中へと倒れこむと、扉が閉められてしまった。

「私はお母さんの部屋で寝るから、ゆっくり休んでね」

笹原の足音が遠ざかっていき、辺りは静寂に包まれた。

「面倒くせえ女だ」

礼を言うどころか、迷惑を被っている。

部屋の中は明かりがついておらず、真っ暗のままだ。

目が慣れているとはいえ、何処に何があるかは詳しくはわからない。

人間が寝そべられるくらいの長方形の箱が寝床だという事は解った。

他人の寝床で休む気にはなれず、床に寝転がった。

「今日だけだ」