俺からは、連絡を取らない。
それは、逃げかもしれないが、自分を冷静にさせる意味もあった。




だが、同じ職場で働いている以上、いつまでも会わない訳にはいかなかった。


前の廊下から、つららさんが小走りにやってくる。

少し、顔が赤い。

珍しく前後不注意で、このままでは確実に物にぶつかって転ぶ。


「きゃっ」


俺は条件反射のように、腕を伸ばした。


こうして、言葉をかわすのは久しぶりだ。

いとおしい。
距離を置こうなんて言っておきながら、我慢できなくなるのは、きっと、俺の方だ。

つららさんは、アイツの事が、好きなんですか?

つららさんは、あの男を追っている。
仕事上ではなく、好きで追っているのかを聞きたかった。


「山下さん、片側のピアスを忘れていますよ。まったく、気をつけてくださいね」


わずかにはだけたシャツ、忘れたピアス、つららさんの赤い顔。


あの男、わざとやっているとしか思えない。



何を考えているんだ、俺に対する嫌がらせかっ!


沸き上がるこの黒い感情は、嫉妬だ。

あの男は、嫉妬に狂いそうになるという感情を体感させてくれる。
感謝なんか、絶対に出来ないがな。