「山下さんいますか?市田さんは大丈夫なんですか?」


トイレのむこう側から新堂君の声が聞こえた。


「なかなか戻ってこないから、心配しているんですよ」


ここに来て結構な時間が経っていることに、今更ながらに気づかされた。


「ごめんなさい新堂君。美波ちゃんは大丈夫」


私も扉越しに答える。


気分が悪くなっているか心配してくれているんだろうけれど、それは大丈夫だ。

でも、この空間は異様な感じだけど。


「皆に心配をかけているみたい。美波ちゃん、その、出られそう?」


恐る恐る話しかけてみる。


彼女は濡れてぼやけてしまった目元をテッシュで押さえ、素早くメイクを直し始める。

なんかもう、迷いのない手つきだった。


「本当に嫌いなら、山下秘書が嫌な女ならわざわざこんな事を言わないわ。・・・もっと自覚して下さい。そして、私と同じ舞台で戦って下さい」


美波ちゃんは、私の横を背筋を伸ばして通り過ぎる。


「新堂君、心配してくれてありがと。私は大丈夫だからね」


後ろから聞こえた声は、いつもと変わらない彼女の声だった。


―――自覚って、なにを?

私はしばらく、そこから動けなかったんだ。