翌日、孝輔は大輔の指示通り、事務所が空になった頃を見計らって重い足を事務所へと向けた。


昨夜は大輔と恐怖を共有した事で、今までよりよく眠れた。


食欲は無かったが、それでも皆と一緒にテーブルに着いた。


それから部屋に戻り、窓から事務所の様子を覗った。




「おはようございます。」



孝輔は気後れしながら、小さな声で事務所にいた広志と見習いの小坂由樹に声を掛けた。



「孝輔、気分はどうだい。あ、紹介しておくね。彼は小阪由樹、今年入った見習い、と言ってもとびではなく事務全般の見習い。
要するに僕の助手。それから夕方になれば正一おじさんの手伝い。この由樹も双子だよ。兄の大樹はとび見習い。上で一緒に暮らしているのだよ。」



由樹ははにかんだ様子で孝輔に頭を下げ、よろしくお願いします、と小さな声で挨拶してその場を離れた。


よく見ると由樹は少し足を引きながら動いている。

左足が悪いようだ。




「広志さん、今の内に安城へ行って来てもいいですか。」



孝輔が居るからか、由樹はドアの近くから遠慮がちに広志を見て声をかけている。



「連絡があったのか。」



それだけで広志には通じたようだ。



「はい。昼までには戻って来ます。」


「慌てなくてもいいよ。あそこのおじさんは、信也おじさんと同じ歳で消防士だったのだけど、退職して今は農業だけ。
子ども達も遠くへ行ってしまいおばさんと二人だけなのに、おばさんは、ここのおばあちゃんの所へ来て、おしゃべりを楽しんでいる。
おじさんは農業をしなくてはならないから… 手伝いは口実で由樹と話がしたいのだよ。毎日では困るけど週に一度ぐらいなら正一おじさんも喜ぶ。
野菜のお土産は大歓迎だよ。」


「はい。僕も楽しみです。僕なんかまともには出来ないのに、行くと喜んでくれて… 僕、農家の手伝いは初めてですけど、とても気分がいいです。
すみません、行って来ます。」