暗闇の中で幾つもの影が動いていた。垣崎二佐の目にもはっきりと見えた。恐らく周辺の住民を避難させているのだろう。

 強行突入するにしても、一般市民に被害を及ぼしたくない配慮なのだろうが、奇襲、急襲の観点から見れば、それはチャンスを逸する事になる。

 現実に、警察側の動きは完全に見えている。この後、こちらへ投降を呼び掛けて来る筈だ。

 それも愚策……

 所詮、彼等では有事に即応出来ないのだ。我々は、その辺のゴロツキとは違う。武器を備えたテロリストなのだ。それも、高度な軍事訓練を受けた……。

 垣崎が潜んでいた部屋は、元は音楽室だったようだ。楽器などは残っていないが、黒板に五線譜の名残があった。

 ふと、部屋の片隅に寄せられた机に目が行った。垣崎は横須賀を思い出した。工科学生として三年間を過ごした街。そして、在学中に起きた喜多島事件。

 純粋に国防の防人たらんとしていた十七歳の少年には、余りにも衝撃的な事件であった。

 自衛隊というものが、自分が思っていた国防の軍隊ではなかったのだと、その時に気付かされた。

 自衛隊に失望した。だが、ただ失望するだけでは何も変わらない。失望の中から新たな希望を見出せばいいのだ。

 その希望の源を垣崎は見つけた。そして、その希望の為に己の全てを注いだ。

 つるぎ会。

 喜多島由夫が率いていた剣の会は、事件後消滅した。が、その意志を受け継ぐ者達は残っていた。思い掛けない事に、それは自衛隊の中にあったのだ。喜多島の死は無駄では無かった。

 種が蒔かれ、芽が出、少しずつ根を生やして行き、多くの同士を得る事が出来た。その同士も、既に何人かは先に旅立っている。銃を構えながら、

 そろそろ自分の番が近付いた……

 と、覚悟を決めた。