「いいえ」
 千吉は低い声を出しました。低く、そして僅かにかすれた声です。
「では答えなさい、千吉はわたくしのことを思ってくれていますか」
 どうして直ぐに答えてくれないのですか。わたくしは千吉のその言葉があれば、きっとそれを支えに生きていけるのに。

「コウが身ごもりました」
 千吉は、下女の名前を口にしました。わたくしも良く知った者で、しっかりした働き者の娘です。
「俺の子を身ごもりました」
 誰に叩かれたわけでもないのに、わたくしはその場に倒れました。


 しかし、千吉はわたくしを見ようとしません。わたくしの頭の中で何かがぐるぐると渦を巻いています。わたくしを取り囲む景色が回っています。
「稲刈りを終えたら祝言を挙げるつもりです。もちろん、姫様の祝言とは比べ物にならないような、小さなものですが」
 わたくしのことなど構わずに、千吉は話し続けます。わたくしの頭の中はぐるぐると回っていますが、それでも耳は確かに聞こえています。
「どうぞ、俺のことなど構わずに嫁いで下さい。俺は俺で、これからもお館様のために働きます」