母が紅く染まっていた。






頭は使いものにならなかった。
パニックで何も考えられない。


ただ人の温もりを求め、母の腕やら顔やらを触った。手が血で真っ赤になり、顔はいくつもの塩水が流れ落ちる。



「そうですっ!はやく、早く来てください…っはやくっ…!」


比菜子は携帯で救急車を呼んでいるようだった。普段の温厚な性格からは考えられないほどの、怒声のようなヒステリックな声だった。語尾が震えていた。





母の体はどんなに触っても冷たかった。信じたくなかった。


こんな現実。



…現実…本当に…?





しかし母が死んだことはまぎれもない真実だった。
身体は冷たく、かたくなっていた。






それから救急車隊員がやってきて母の体を車に運び込んだ。



「なんで…どうして…」


私は心のどこかがプツリと切れたような気がした。



泣き叫ぶことも、恐怖に震えることなくなった。


ただ茫然と事の次第を見つめることしかできなくなっていた。


涙だけが無数に流れては落ちた。









霊安室の札が掲げられた部屋に母は入れられた。

父は外国からすっ飛んできたが、母を見るや否や泣いた。目の前の現実を受け入れるのに長い時間を要した。…そんな父を見るのもまた辛かった。





そして私の心の中では新たな感情が芽生えつつあった。


「誰がこんなことを…!」