今はもう土砂降りになっている雨の中をなりふり構わずただひたすら走った。

 髪は顔に張り付き、服は気持ち悪く濡れ、花束はボロボロになった。
 止まれの標識が立つ曲がり角を折れる。
 店の看板が見える。
 入り口には明かりが消えて動かない自動ドア。

 景気良く降りしきる雨にうたれたまま、息を切らし、そこでようやく、私は立ち止まった。

 もう誰もいない、誰をも歓迎する気のない暗い店と、そのガラスに映りこんだボロ雑巾のようにぐしゃぐしゃの自分を見つめる。
 雨は私を冷たく包み、血が昇った頭を冷ました。そう、あるわけがないのだ。


 あるわけが、ないのだ。


 帰ろう。と、思った。
 別に何かに期待したわけじゃない、何も考えずにただここに走ってきただけの自分を自嘲気味に薄ら笑い飛ばし、来た道を振り返った時、そちらから足音が聞こえた。

 足音の主は私に気付き、数メートル手前で止まった。


 どこから走ってきたのだろう、息を切らしながら、店長は会えたことが信じられないような顔で私を見つめていた。
 私は泣きそうになりながら振り絞るように口を開く。


「…どうしたのですか、こんな時間に」


 理由なんて判りきっていた。

 これ以上ないほどの土砂降りの雨は無音のBGMみたいに私達を静かで二人きりの世界に隔離した。