『桃源郷』


 目を開けて上体を起こし、私はひとつ伸びをする。静かに息を吸い、それを大きく吐いた。

 溜息のようだ。耳にした自分の吐息に思う。

 隣に視線を落とせばそこにはあどけない顔で眠る温もりがある。健やかな寝息に合わせて上下する引き締まった胸。そこにそっと手を当てる。次は肩、首、そして頬。
 その頬に口づけをしてそっとベッドを抜け出した。

 今までありがとう。こんな私を心から愛してくれた年若い恋人。残念だけどもうお別れ。


「何で別れられないの?そんなにあんな旦那がいいの?」


 あなたにそう言われてただ微笑む事しか出来なかったあの時、もう終りにしなきゃと思った。――違うの、あるいは、そうなの――どう答えれば良かった?自分でも答えなんて判らないのに。本気にさせてしまったから?本気にならないうちに?誰が?あなたが?それとも私が?―…それもやっぱりよく判らない。この幸せが長くは続かないということは分かるのに。

 だから、これで、さよなら。