「行きましょうもう時間が」

 店長に促され、私は口を開く。
「私、行くから」
「行ってらっしゃーい!」
 カツオは至近距離にいるにも関わらず物凄い大声を出した。また周りの視線がこちらに集中するのが分かる。恥ずかしさの中で俯きがちにカツオの顔を見たら今にも泣きそうな顔で微笑まれ、何も言えなくなった。

 私はカツオに背を向け、歩き始める。カッカッと踵が音を立て、そのたびに遠くなるカツオとの距離を意識する。

「からだにー、きをつけてねー!」

 体に気をつけた事なんかないカツオに泣きだしそうな声でそうエールを送られる。手を振る気配を感じる。でも私は手を振り返せない。振り向く事も出来ない。なんだかもう、そちらを向いてはいけないような気がして。

「素直ないい子じゃない」
 店長が搭乗口に向かう足を止めずに言う。私は頷く。
「運命の赤いワイヤーなんて、なんかいいわね」
「……鍵付きの運命なんて初めて聞きましたけどね」
 店長は私の方をちらりと見た。そして口元を綺麗に緩ませ、
「座席に座ったらいっぱい泣けるからもう少しの辛抱ね」と言った。

 その時私は、視界がぼやけている事に初めて気がついた。