「花沢さんは運命の相手だと思ってたのに」

 カツオはぽつりと呟いた。一つ言葉が出るとまた一つ、カツオは少しずつ思いを打ち明け、私は用心深く耳を傾ける。その言葉を受け止めるように。

「俺、花沢さんと居るとすっげえ素になれるし、居心地がいいなってずっと思ってて。花沢さんの事、マジで運命の赤い糸で繋がってんだって、今までだって、今だって、これからだってずっと思ってんだけど、花沢さんは違うの?最初の時そう言ったじゃん」
 カツオは目を赤くして絞り出すようにそう言った。
「聞いて、あのね、カツオ」

 今にも涙が零れそうな目を見つめ、私は言葉を紡ぐ。一つ一つの言葉を丁寧に彼の前に積み上げるように。
「糸ってね、どんなに束ねても、切れるの。良く切れる鋏なら一瞬、そうでなくても刃物を当て続ければ少しづつほつれるように切れていく。私たちは運命の赤い糸で繋がっているかもしれない。カツオの言うようにね。でも、同時にあなたは刃物も持っていて、それを当て続けていたの」

 カツオは何も言わずに私を見つめ続けた。虚を見つめるようにその瞳には何の表情も浮かばず、伝わったのか伝わってないのかも読み取ることはできない。

「転勤の話をもらった時、カツオに付いて来てほしいって、全然思わなかったの。待っていてほしいとも思わなかった。あなたと離れるいい機会だって思ったの。カツオって、ビッグになるって言いながらそのために何かしている風でもないよね。いつもゲームして、バイトして、気儘に生きて。私の傍にいる居心地の良さはきっとそれを咎めなかったからだよ。でも私はずっとそういうの嫌だなって思ってたの。フワフワして、全然しっかりしないなって思ってたの。だからね」
 私は最後の言葉を口にした。不自然に少しだけ微笑みを浮かべながら。

「あなたが当て続けたナイフが、今日ここで、糸を切ったと、思って」

 私は机に手をついて静かに立ち上がる。何か言いかけたカツオから目を逸らし、そのまま背を向けて靴を履き、ドアを開けて外に出た。私ははっきり言いたいことを言い、別れを告げた。もう話す事はない。後悔もない。
 でも彼の前から逃げ出した。

「ついでだから実家に報告に行くか」
 私はそのまま駅を目指す。気持ちを切り替えるように。
 自分の気持ちからも逃げ出すように。