「え!何で?」

 今度はカツオが反射的に返事をする。

「何で、って……私、ニューヨーク行くし」
「え?何で?」
「そんなに質問ばっかりしないでよ」

 私は今日店長から聞いたばかりの転勤の話を説明した。ニューヨークに行くこと、いつ帰ってくるか分からないこと、だからもうこの部屋も引き払うこと、そして、カツオとももう……。

 カツオの食べかけのオムライスに視線を落として話し続ける。半分以上食べてある私に比べてカツオは少ししか食べ進んでいなかった。少し胸が痛んだ。


 話し終わって顔を上げる。カツオは言葉を選んでいるように見えた。どこからどう言えばいいのか、傷つきやすいものの手触りを確認するように躊躇いがちに。

「俺も行く」

 沈黙の中でカツオは言った。とても小さいけれど私にはっきり聞こえる声で。でも私は首を横に振る。


「ここで待つ、っていうのは?」
「いつになるかも分からないのに?」
「俺は待てる」
「私は嫌」
 再び沈黙が訪れる。カツオはまた言葉を探しているらしかった。そんなカツオを見つめながら、私は彼が結婚を考えていたことを意外だと思っていた。刹那を埋めるために側にいたわけではなかったけれどこのフワフワした男と私が手を取り合って進んで行く未来なんて考えた事もないし、想像すら今まで一度もしたことがなかった。カツオはいつだってカツオで、私はいつだって私で、それぞれ違う場所を見ていて、生き方の見解が全く異なるカツオと私の間なんて理解を超えた何かで阻まれて、傍にいてもバラバラで、触れても伝わらないものを内包していて、今は傍にいるのは何か違う力が働いているだけなんだと思っていたし、カツオもそう思っているだろうと思っていた。
 でも違う方を向きながらも、カツオは私の手をしっかり握っていたのかも知れない。傍にいるのは違う力のせいじゃなくカツオが望んでその手を離さなかったから、そして私がその手をどうしようとも思わなかったから、だから私はカツオの傍に居続けたのだろうか。そんなふうに考えるのは初めてだった。
 でも、それはあまりにも独りよがりだ。