店長が急な転勤の話をしてきたのは、カツオに呆れたり仕事に没頭したり、そろそろクリスマス商戦の話をしたりする、そんな時だった。

「そう、ニューヨーク。和装をちょっと海外で試してみようって話になって」

 店長は口許に綺麗な笑みを浮かべてその眼鏡の奥で私の瞳を捕らえた。

「私と一緒に来て貰えるかしら?」

 その瞬間カツオのことが頭に浮かんだ。
 フワフワと浮き雲のように暮らし、世に出たら凄いらしい事をのたまう彼がワゴンのバイトで、カッカッと地面を蹴りながら仕事をして、黙々と針糸を動かす私が海外。その距離を思う。気持ちと現実の距離。私とカツオの距離。

「はい」

 私は一も二もなく返事をした。カツオとは別れようと思った。

 他の選択肢はないと思った。