関係を持ち始めたのは働き出して1年経った頃だった。

 人と話すのが苦手な私はいつものようにカルテ整理の仕事を終えると制服を着替えることもなくそのまま病院を出た。
 ロッカーで着替えているときに他人と二人きりになることが苦痛だからだ。

 裏口から出てドアを閉めようと思ったとき、後ろから人が来たことに気付かずついうっかり彼の手を挟んでしまった。

「すいません」跡もつかないほど軽くだったし彼も気にしないで、と言ってくれたが、私は新米の医療事務員、彼はこの病院で一科を任されているような人だったので「でも」と口ごもっていると彼はいたずらっぽい笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ今日この後、君のこと貸してもらえる?」

 不慣れな手つきで重ねられた私の手を慣れた様子でぎゅっと握り返し
「今日は返さないよ」と冗談のように耳元で囁いた。
 初めて女性として扱われた驚きと耳にした甘い言葉にドキドキしながらも、彼の浮名は私も何度か耳にしていたから「そんな人がこんな地味な女に男性を刺激されるわけがない」と軽い気持ちで誘いに応じた。


 それからの付き合いだ。
 その時何人かいたらしい女性の影も気付けばなくなり、いつからか私だけになっていた。