なんだろう、この気持ち。きっと女の子がいきなり下の名前で呼んできたら、俺に気でもあるのかな? なんてドキドキや胸が弾む思いが襲ってくるものなんじゃないのだろうか。それが全くないなんて。俺の名前は『きら』じゃないし、あだ名で呼ばれた感覚に近い。

「というかですね、俺の名前は井口、晶です」

 わざわざ区切って発音する。すると京香と呼ばれている女の子は、あー、と何か納得したような顔をして、綾崎さんは不思議そうに首を傾げていた。おいおかしいだろうその反応は。

「京香、きらは救世主だったよ!」

 そして訳のわからない事を口走っているし。
 名前に関してはもう諦めた方がいいのだろうな、きっと。さっきの京香さんの反応から察するに、よくある事なのだろう。
 ふと見ると二人は小声で何かをぼそぼそと話し合い、頷き合っている。なんだろう、もう帰っていいのだろうか。帰りたい。そんな風に思っていると二人が顔をあげた。

「じゃ、きら君。瞳子の事起こしてくれてありがとね。なかなか起きないから面倒なんだわ、この子起こすの」

「きら、また明日ー」

 なんて、二人は手を振りさっさと教室を出て行った。
 なんだったんだろうか。
 というか京香さんまで『きら』になっているし・・・・・・。まぁいいか、新しいあだ名だと思えば。

「と、そうだ。漫画取りにきたんだっけ」

 漫画は、どこにもなかった。