というかなんだこの状況。夕方の教室に二人きり。見つめ合う二人。
 しかし綾崎さんは数秒俺を見つめた後、おもむろにこう口を開いた。

「どちら様でしょう?」

 ・・・・・・クラスメイトに面と向かってこう聞かれると、やはり心にグサグサとくるものがあるな。いや、さっきも「誰?」とは言われたが、あれは寝惚けていたのかな? などと自分を騙していたというのに・・・・・・。
 深い溜息と共に、綾崎さんが今まで寝ていた机を指さす。

「井口晶。ここ俺の席。クラスメイト。後ろの席」

 そう説明しても、綾崎さんはきょとんと小首を傾いでいる。まぁそりゃそうだろう。今のでわかるのなら最初からわかっているはずだ。

「いぐちあ・・・・・・きら」

 たどたどしく繰り返す綾崎さん。
 繰り返す・・・・・・? おい切るところおかしくないか。

「あの、起こしてくれてありがとう、いぐちあ」

 やっぱりだー!
 『いぐちあ』って絶対日本人の名前じゃないだろ! どういう思考回路してんだ!

「綾崎さん、俺の名前はいぐ――」

「あっ! あーっ!」

「えっ!? なにっ!?」

 俺の言葉を遮り叫んだ綾崎さんの顔は驚愕の色に染まっていた。目を見開き、口はあんぐりと開いている。

「・・・・・・思い、出した。どこかで見た事あると、思ってた」

「後ろの席だからね・・・・・・」

 正直疲れてきましたよ。あなたと会話するの。
 そんな綾崎さんは俯き、「同級生だったんだ・・・・・・」などとブツブツ呟いている。かと思えば勢いよく顔をあげ、何かを言おうと口を開きかけ、すぐに閉じてしまった。
 オロオロと視線をさ迷わせ、何かを言おうと逡巡しているようだ。
 これは、あれかもしれない。ほぼ初対面のような見知らぬ男と二人きりでいるというのが不安になったのかもしれない。
 もしそうだとしたら悪い事をした。そもそも俺は置き忘れた漫画を取りにきただけなのだ、さっさと回収して帰ろう。