「コーヒーはブラックでいいですか?」
ひょっこりキッチンから顔を出して尋ねてきた松崎くんに、私はうなずいて見せた。
そしてそのまま私もキッチンへ向かう。
「松崎くんさぁ、敬語はいつ頃やめるの?」
不意に私が尋ねたので、彼はコーヒーを入れる手を止めた。
そしてすぐにまた動き始める。
「敬語、やめないとダメですか?」
「やめたくないの?」
「うーん……」
こっちが聞いているのに彼はなぜか黙り込む。
そしてコーヒーが入ったコップを2つ持って、私とともに部屋へ戻った。
部屋の中央に置かれたテーブルにコップを置いたあと、床に座る彼を見て私も同じように床に座った。
そしてコップの1つを私に渡す。
「あのー、西山さん。確認させてくださいね」
「うん、なんでしょう」
コップを受け取った私が首をかしげると、松崎くんは改まった様子で
「俺と付き合っていただけますか?」
と問いかけてきた。
「よろしくお願いします」
私がすぐに答えたので、彼は少しだけホッとしたような顔をして
「良かったです」
とつぶやいた。
「西山さん」
「ん?」
「俺が敬語をやめたら、きっと今まで見えなかった俺が見えてくると思うんです」
松崎くんが言いたいことはなんとなく分かる気がした。
敬語によって隠してきた本音が、今度はすべて言葉を通して出てしまう。
でもそれはいい事だと思う。
「むしろ敬語をやめたあとのいろんな松崎くんが見れるのが楽しみなんだけどな」
私がそう言うと、彼は少し疑ったような目で念を押すように
「本当ですか?コイツ生意気だなって思ったりしませんか?」
と笑った。
「ふふっ、思うかもね」
なんだか面白くなってしまって、笑いがこぼれてしまった。
「でもそれでいいと思う。私たちはこれから付き合うんだから。まだまだお互い知らないことだらけだよね」
だから、彼のことを知っていく上では敬語はいらないような気がするのだ。
「遠慮しながら付き合っていくのは間違ってると思わない?」
「確かに…そうですね」
松崎くんはようやく納得してうなずいてくれた。