自分は決して秀才ではないし、博識でもない。生きていく上で必要最低限の知識さえあればいいと思っており、故に幼い頃から勉学は大嫌いだった。
恐らく自分の頭には大した知識も詰まっていないだろうが、回転の早さは人並みにあると思う。
そして、変なところで勘が働くのだ。
(魔術痕ってのは…砂漠の、例の蜃気楼の事…か…?)
インクで細かく記された黒い点描の群れを見れば見るほど、近頃噂になっていた謎の蜃気楼の存在が頭を過ぎる。
今までに蜃気楼が幾つ目撃されたのかは定かではないが、この羊皮紙の点の数程は発生している筈だ。
もし魔術痕とやらと蜃気楼が同一のものだとすれば…つまり。
(…蜃気楼は………バリアンが人為的に発生させていた…魔術?………しかし一体…奴らは何をしようってんだ…?)
揺らめく蝋燭の明かりが、大量の黒点で縁取られた丸い円を照らす。
静寂が漂う中、古代文字が羅列した羊皮紙の束と歪な円を描いた絵を交互に見つめるが…それがどういったものなのか、今の段階では分からない。
その歪な円には、何かがある。
堂々とそこに描かれたそれが何かを孕んでいるのに。
見えない、掴めないその存在が、もどかしく感じるのと同時に。
寒気に似た、妙な薄気味悪さを覚えた。
今夜の夜気が殊更冷えるせいなのだと思いたい。
「…レヴィ………見つけた掘り出し物は…ろくな物じゃねぇぜ…」
そう呟いて自嘲的な笑みを浮かべるロキの目は、笑ってなどいない。
そう遠くない未来にやってくるかもしれない嵐の気配を感じつつ、ロキは小さな蝋燭の灯火に溜め息混じりの吐息を吹きかけた。
辺りは一瞬で黒一色へと変貌する。
掴めない闇の先は何も見えない。
やってくるであろう不気味な嵐も、この闇と同じだ。
見えず、掴めず。ゆっくりと昼を蝕んでにじり寄る。
これは、何なのだろう。
大地に描かれたこの歪な円。
良いものではない。むしろその逆でしかないと、本能が警鐘を鳴らしている。
何だ、この円は。
―――これは。