天井のシャンデリアが微かに揺れたかと思うと、アレクセイのすぐ隣に音も無くジンが降り立った。
そのまま背けた隻眼が真っ直ぐ報告書の歪な円に向けられるのを見ると、アレクセイは読めない笑みを浮かべて再度呟いた。
からかっている様な、面白がっている様な、そんないけ好かない口調で。
「もう一度尋ねよう、総団長殿。……あれは、何に見えるかね?黙りを決め込むなら………先に私の憶測を申し上げようか。………私が思うに、これは…」
何処も彼処も、隠す気のない獰猛な殺意を帯びた警戒の目が蔓延っている。
つい先程まで地平線の向こうに顔を半分覗かせていた茜色の太陽は、今はすっかりなりを潜めてしまっており、赤々としていた砂漠は真っ黒な海へと変わっていた。
吐息よりも熱い空気も、夜気にあてられてほんのりと冷たい。
砂漠の国は夜を迎えて徐々に冷えていくが、その一方でこの一帯だけは暑苦しい空気が漂っている様に思えた。
尤も、別の意味での暑苦しさだが。
(…無駄な警備、ご苦労様)
内心でそうほくそ笑みながら、ロキは音も無く松明を掲げる見張りの兵士の背後を駆け抜けた。
当たり前だが、首都は相変わらず殺気立った兵士達でいっぱいだった。
門の前後や外壁の上、大通りの両端、小道の角という角、昼間と変わらず人で賑わう商店の前や、猫なで声の誘いが聞こえてくる娼婦館の傍にまで…とにかく何処を見ても視界にバリアン兵士が飛び込んでくる。
不審者を見付ければ容赦なく刃を突き付けて拷問紛いの尋問を行い、血の気の多い兵士によっては不敬罪だとか言いがかりをつけて切りつけてくる者もいるらしい。
一際警備の数が多いのは、言わずもがな首都の奥の小高い丘にそびえ立つ国の象徴…巨大な城だ。
城へと通じる城門前は、しっかりと武装をしたいかにも屈強そうな兵士達が並び、人の壁を作っていた。
前を向いたまま微動だにしないそんな彼等は、不気味な沈黙を貫いている。