痛くなんてないのに。
…苦しい。
「………ロ、キ…」
「それじゃあな、リディア。オルディオの爺さんの世話、よろしく頼むぜ」
途切れ途切れのリディアの声は、踵を返した彼の耳には届かず。
立ち去り際に見せてくれた相変わらずの人懐っこい爽やかな笑みが、その時ばかりは憎らしく感じた。
地上に通じる天井の穴へ颯爽と消えたロキ。遠ざかっていく彼の気配をじっと見送る様に佇んだまま…。
「………………何よ…それ…」
沸々と湧き出る気持ちの悪い感情に耐えるように、リディアは唇を噛み締めた。
一気に脱力した腕を持ち上げ、何かがグルグルと渦巻く己の胸に掌を当ててみた。
つい今し方まではあんなに温かかったのに。
夜の風に晒されたかの様に、そこはすっかり冷え切っていた。
起伏の激しい自分の感情に、リディアは他人事の様に苦笑を浮かべる。
………リディア、何をそんなに落胆する必要があるの?悲観に暮れているの?
こんな事…前から分かっていた事じゃない。
最初から、覚悟していたことじゃない。
彼は、こんな人嫌いのあたしなんかに笑顔を向けてくれる。
あたしの嫌いな名前を呼んでくれる。
彼が呼んでくれる時だけ、少しだけ自分が好きになれた。
彼があたしを見て、あたしの名前を呼んでくれる。
それだけなのに、あたしは馬鹿みたいに幸せを感じてしまう。
とても嬉しいの。嬉しくて仕方ない。
でも。
ロキが呼ぶその名前は。
(………あたしの望む…ものじゃ…ない…)
ロキが呼ぶあたしの名前は……家族に向ける、可愛らしい愛情のそれなのだから。
君が、あたしを呼ぶ。
でもそれは、あたしが欲しい名前じゃないの。
貴方は、あたしの心の葛藤なんか、露ほども知らないのでしょうね。
…本当に。