「そう言われてみれば、少し大きくなったのかもしれないね」

そう言ってライは成長期の少年の頭をそっと撫でる。背が伸びたと言っても、まだまだ自分の背丈の半分をようやく超えたくらいだ。これがあと数年も経てば見違える程に大きくなるのだから、人の成長というものは本当に不思議である。

そんな少年の目まぐるしい成長にしばし感心していると…はしゃぎ回るフォトの後ろから、細身のシルエットが暗がりに紛れて現れた。
ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるその人物に、ライは軽く会釈する。


「お元気そうですね、おばさん」

「ええ、貴方もね…相変わらず、とっても忙しそうね」

「僕等は、暇なんて要りませんよ」


笑みを添えて親しげに話しかけてきたのは、見た目二十代か三十代くらいの女性…柔らかい物腰の口調の彼女は、フォトの母親である。
この親子は、二人で小さな宿屋を営みながら細々と暮らしている。この街に訪れる旅人はそう多くはないため、正直な話宿屋の経営だけでは大した稼ぎにもならないのだが…裕福ではなくとも親子でその日の食卓を囲むことが出来れば構わないのだそうだ。おんぼろの家でも、風と日差しを凌ぐ屋根と安穏の寝床があるのだ。家を持っているというだけで暮らしはだいぶ違う。

一見何処にでもいる様なほんわかとした親子。
だが、ライにはそもそも知り合いに会いに行く暇など無いし、この宿屋に泊まる訳でもない。
三槍の人間が訪れた場所、会う人間には、必ず理由が付きまとう。そしてそれは今回も、例外ではない。ひとしきり挨拶を交わしたところで、フォトの母親が不意に出入り口の扉に視線を向け……未だにはしゃぎまわるフォトにポツリと声をかけた。


「……フォト、鍵をかけてきてちょうだい」

「はーい」

いい返事と共に、フォトは母の言う通りに宿屋の扉に勢いよく鍵をかけた。分厚い木戸に耳を当てて外に人気が無いか確認した後、母の元に走り寄っていく。

「……今日は夕方まで休業ね。とりあえず、奥でお話しましょうか」

「はい、お願いします」