律儀に深々と頭を下げた直後、ライはオヤジの返事も待たずに全速力で人込みの多い通りに飛び込んでいった。
あっという間に青年が消えた通りをしばし眺めた後、オヤジは頬杖を突いて顔をしかめた。

「………何だあの野郎…」

向かいで椅子代わりの木箱に腰掛ける客の一人が、オヤジの呟きに静かに笑みを漏らした。


「…誰にでも秘密はあるさ。三度の飯より金より必死になる事でも出来たんじゃねぇのかい?」

「…何だそりゃ」

ちびちびと酒を口に含む客に問えば、少し赤みが差した目元が面白おかしそうに笑った。
ケラケラと客は笑いながら、小声でオヤジに囁く。



「…これじゃあねぇのかい?………女だよ、女」

そう言って、オヤジの目の高さに合わせて小指を立ててみせてきた。
そのカサカサの小指と、今までガキ扱いしてきたライの姿を頭の中で結び付けてみるが…どうやっても、ライに女の影の存在は感じられない。
そう言われてみればそうかもしれないが………何だか釈然としない…。

「…あのクソガキが…か…?……そうは見えねぇがな…」

通りを睨んだまま怖い顔で唸るオヤジの傍らで、酔った客は再び一口酒を含んだ。



「まぁ、あのガキも年頃だからな。女の一人や二人に、夢中になっててもおかしくないさ」

















「それじゃあ、ガーラはこの辺で待っててくれよ」


隠れ家に戻るには些か早すぎるし、今日はほとんど収穫が無いと判断したライは、街を出て直帰することなくそのまましばし砂漠を横断することにした。
隣街…と言っても、かなりの距離がある隣街を目指して、ガーラに乗って砂漠を泳ぐこと数十分。 ようやく一面真っ赤なキャンパスの向こうに、見知った街の景色が見えてきた。

首都から更に離れたその街は、役人も兵士もいない比較的穏やかな場所だ。
基本的に狩りや出稼ぎなどで生計を立てている人々が住まう街で、入ればそこは住居ばかりが広がっている。
唯一商いをしているところと言えば、立ち寄る旅人のための宿屋と、小さな食物屋くらいである。