(………今日は…特にこれといって収穫は無さそうだなぁ…)

再び作業に戻った後に時折チラリと表を覗くも、軒先には未だに暴言と唾が飛び交っている。暴力に走らないだけでもまだましだが…。

…これでは、何の情報も得られないではないか。
喧嘩も終わりそうに無いし、今日は大人しくここで切り上げて別の場所で諜報しよう…。


ライは溜め息を吐きながら手早く木箱を整理し、今日の雑用分の駄賃を貰うべく表側へと移動しようとした…が、げんなりと肩を落とすライの疲れた背中に誰かの呼び声がかかったのは、その直後だった。


「―――ライ君?」

「………え?」

中年男達のそれとは違う落ち着いた男性の声に、ライは振り返った。
この街に“出稼ぎで来た孤児”のライを知る者は少なくは無いと思うが、名前まで知っている人間はそんなにいない。
一瞬反射的に身構えたライだったが…背後に佇む人物を目にした途端、張り詰めた緊張の糸は容易く緩んだ。


「…ユアン先生」

「先生はいらないと言っているでしょう。昨夜ぶりですね、仕事ですか?」

そこには、相変わらずニコニコと微笑む放浪医者…昨夜に別れたばかりのユアンがいた。
医療器具の細長い荷物を背負っているのはそのままだが、熱風に靡く厚手のマントの内に、昨夜よりもパンパンに膨れたスーツケースが見える。恐らくこの街で薬の材料とやらをたらふく買い込んだに違いない。
このユアンは金をせびるのも凄いが、値切るのも相当のプロだ。

「はい、一応仕事…なんですけど………まぁ、この有り様で…」

そう言ってライは店の表を覗き込みながら苦笑いを浮かべた。
ライの仕事が単なる駄賃稼ぎではないことを知っているユアンには、彼の苦笑いの理由が手に取る様に分かった。
疲労が見え隠れするライの表情に笑みをこぼすと、ユアンは何故か「大丈夫」と胸を張って言った。

「僕が喧嘩を終わらせてあげますよ。ああ、心配せずともこれは僕の個人的な用事ですので貴方に別途料金は要求しませんよ」

「…あの…えぇ?」