今朝方も柱の蜃気楼を見た…という商人の何気ない言葉を、ライは作業の手を休めることなく聞き漏らさなかった。
店の薄いテント越しに、表の会話にじっと耳を傾ける。


「本当さ。噂は聞いていたが…わしも確かにこの目で見たんだ。ちょうど夜明け頃…ここから西の方角さ。だいぶ遠くだったが、蜃気楼のくせにやけにはっきりと見えたんだ」

「…また例の蜃気楼の話か……近頃は頻繁だな。何かが見えたとか見えてないとか…そういう曖昧な情報ははっきり言ってびた一文にもなりゃあしないんだが……ここまで連続するとなぁ…」



昨夜ユアンの話してくれた、不気味な柱の蜃気楼の情報は、案の定情報屋の耳にも以前から既に届いていたらしい。
ただ金にならないと判断した店主のオヤジによって、今まであまり表には出されなかった様だが…ただの噂話で収める訳にはいかなくなった様だ。

出稼ぎの孤児になりすましてやって来たライは、この日もいつもの様に駄賃目的で雑用をする振りをしながら、テントの裏で交差される情報を探っていた。
山の如く積み上げられた空の木箱を整理する単調な作業をこなしながら、彼等の会話を一言一句逃さぬよう神経を尖らせる。


表の会話は相変わらず柱の蜃気楼に関する情報だったが、ほとんどが目撃情報のみだった。
蜃気楼自体に関するものは特に無く、正体は謎のままである。


「…蜃気楼もそうだがよ、時々空にも妙なものが見えるって話を聞いたぜ」

「………空?…砂漠だけじゃ飽きたらず、とうとう頭の上にまで変なものが見えるようになっちまったって言うのか?」


嫌になるね…と肩を竦めて溜め息混じりに答える店主のオヤジに、初老の商人の男は笑って言った。

「村の子供が見たって言うのさ。ある時外に出ていると…急に辺りが真っ暗になっちまったらしくてな……珍しくデカい雲でも通っているのかと思って見上げてみると………子供は、我が目を疑ったそうだ」

「…で、何が見えたんだ?」


胡散臭そうにとりあえず相槌を打つオヤジに対し、商人はやや勿体ぶりながら答えた。