―――闇色の底

















いくら目を凝らしても、周りは黒一色だ。

風は無い。
光は無い。
暖かさも、寒さも、何も無い。



ここは、そういう場所だ。

簡単に言ってしまえば、そう。
無のある世界だ。


無の世界の片隅、或いは中心、或いは底に………その“気高き者”は、気の遠くなる程の大昔からそこに君臨している。

何処も彼処も無機質で柔らかい闇に包まれているが、無限に広がる暗い天井にじっと意識を向けていれば、見えるものがある。




眩しい火の玉が夜の帳をめくり、世界を明るく照らし始めてきたのがぼんやりと見えた。


世界の天井を煩わしい光が満ちていくこの時を、人は夜明けと呼ぶ。




幾万回とそれ以上に繰り返してきた光と闇の交差。
すっかり見飽きてしまった世界の景色。


見るのも嫌気が刺す程だというのに、全てを見通し見守り続ける“気高き者”の眼光は、夜明けの世界のとある一点にのみ向けられていた。


広大な赤い砂の海。
人にとっては終わりの見えない世界の果てに思えても、“気高き者”からすればただの箱庭の一カ所に過ぎない赤い大地。

殺風景な赤の中に………うっすらと見える、揺らぐ空気。
…蜃気楼だ。夜明けに出る筈の無い奇妙な蜃気楼の存在に、“気高き者”は微かに顔をしかめた。



何かの柱を映し出した蜃気楼は、夜明けに照らされてぼんやりと赤い光を放ったかと思うと、あっという間に姿を眩ましてしまった。





蜃気楼のシルエットは無くなり、何事も無く再び安穏の夜明けを迎えていく世界を眺めながら……“気高き者”は腰を下ろしている座椅子の背もたれにゆっくりと背を預け、深い深い息を吐いた。


…座椅子のすぐ後ろに自分とは異なる…異質なる者の気配を感じてはいたが、その存在はここ最近ずっと自分の傍に居続けているため、“気高き者”は今更相手にしようともしない。



異質なる者は、“気高き者”でたる自分がどういう存在なのか理解している筈なのだが…この異質なる者は実に変わった者で、平然と人の言葉を介して自分に話し掛けてくる。