その馬鹿な命の恩人が、今では三槍の一本である黒槍の座についているのだから、世の中は本当に妙なものだと思う。
ロキはとても強くて、この気難しいレヴィとも親しくなれる程やけに社交的で、人懐こくて、仲間思いの優しい男だ。そんな太陽の様に眩しい彼の温かさに、幼い頃から自分の殻に塞ぎ込んでいたリディアは惹かれてのだろうか。

「…恋って何なんでしょうね……人を変えてしまう…恐いものなんでしょうか」

「………恋は盲目とか言うくらいだからな」

「それって病気じゃないですか」

恐ろしい事を言うなあ…と、笑って返せば……焚火の赤の向こうから、普段はターバンで見えないレヴィの鋭い眼光が…ライを音も無く射抜いた、気がした。思わずびくりと震えたライに、重々しい低い声音が熱を帯びて地を這っていく。

「………ああ、病気さ」

「………」







「病気なのさ………質の悪い、悪夢の様な」

「………」





軽々しく踏みいってはならない様な彼の醸し出す空気に耐えられず、ライは勇気を振り絞って彼の名を呟こうとした。だが、何故かカラカラに乾いてしまった喉は微かな痛みを伴い、容易に声を絞り出してくれない。こめかみを伝う汗を拭いつつ、思い切って腹の底から声を上げようとした、その直後…。



「ゥアー…?」

気まずい空気をライの代わりに打開してくれたのは、背後から聞こえてきたか細いサナの声だった。左右に繰り返し首を傾げながら、意味の無い声を淡々と繰り返し上げている。その場の緊張が一気に緩んだ気がして、いつの間にか力んでいた肩の力をライはここぞとばかりに抜いた。
見えない何かを睨んだまま黙っていたレヴィも、サナの力の抜ける声を耳にするや否や、始終ずっと続けていた自分の作業に戻った。


「………ライ、明日の情報収集はユアンの言っていた蜃気楼の事と…不審人物とやらの情報を主に取ってこい。必要とあらば首都にも潜り込んでいいが……深追いはするな」

「…了解」

いつものレヴィの空気に戻った事に内心安堵し、ライは小さく息を吐いた。