北風の吹くパーキングで凍える手をカバンに入れて車のKeyを探してたその時だった。


「久しぶり……」


下を向く、私の耳に聞こえたテノールの優しい声が流れる。


ゆっくり顔を上げると、見覚えのあるコートが見えた。


そして、その先にはあの時となにひとつ変わらない優しい笑顔とまなざしがあった。



「綺麗になったね……」

ためらいがちにそう唇が動く。



『なぜ、今・・・?』


その言葉を飲み込んだ。


「あのさ・・おれ……」


何も喋らない私に不安そうなあなた。



北風が頬を打ち付けるから、コートの襟をそっと立てて首をすくめる私。


「綺麗に……なったね。見違えたよ。………もしよかったら今度の土曜にでも食事に行かないか?」


その言葉にすくめた首ものびそうになった。



夢にまでみた彼からの誘い。


3年前のイヴの前に聞きたかった台詞。


あの日、あなたはあの娘と一緒だった。



私は独り、冷たい部屋で人形のように毛布にくるまっていたの。



そんなこと、あなたは知らない。



フラッシュバックであの日がよみがえる。



「ごめんなさい。その日は大切な約束があるの」


それだけ言うと私は車を開け、急いで乗り込んだ。



走り出す車の後ろで、茫然と佇む彼が見える。



ずっと夢見てた。



彼にあの言葉を言うことを。


イヴの予定なんて何にもない。


綺麗になったのだってこの日のためだもの………


でも………



虚しさだけが心に残った。



=fin=