*powder snow ~空に舞う花~*


久しぶりにきた学校は楽しかった。



勉強も、学年イチ優秀な佐緒里がお見舞いに来てくれるたびに分かりやすいノートのコピーをくれるおかげでなんとかついていけた。



昼休み時間、茜や佐緒里たちと机を並べてお弁当を食べる。




「ねぇっ、千雪も行こうよ!!」

そう言われたのは、カバンの中で行方不明になっていた食後の薬の入ったピルケースを見つけて取り出していた時。






「んー?ぁに?(なに?)」



ごめん、聞いてなかった。って付け加えてから、薬をくわえてミネラルウォーターのキャップを開けて薬を流しこんだ。







「だからー、夏休みに水泳部の大会があるんだって~」



興奮して話しているところを見て聞いていると…
私の心も動きだす。。




「水泳部…」

大会だし…もしかしたら…?

「朝日奈海斗も出るんだって~!千雪も行こうよっ!!」

ほら…、名前を聞いただけで心臓がうるさい。



どうしよう……。

こんな私でも
行くだけなら

遠くから姿を見に行くだけなら…いいよね??

それに、最近はずっと体調も悪くない。



「行くっ!!」


それにそれに、どうしてももう一度会いたい!





「じゃーね~」

「またねー」


あっという間に学校が終わった。
学校帰りに寄り道なんてしない。
だって…、途中で気分悪くなってみんなに迷惑かけたらイヤだもん。。


だから、まっすぐ家に帰る。



今日…お父さん仕事お休みだったな……。

こんな日はちょっと帰りたくない。。

だって…――




「…ただいま」

小声で玄関を開けた途端に…



「いい加減にしてっ!!」
「お前はそれでも母親かっ!」



ほら…ね。
お父さんとお母さんのケンカの声。


原因は……私。



耳をふさぎたくなる。
けど、静かに靴を脱いで何も聞いてなかったみたいに…

「ただいまぁー♪♪」

大きな声で元気に挨拶。
本当はちょっと泣き出したい気分だけど


「帰ってきたぞ…」
「わかってるわよ」

こうすれば、ケンカの声が止むって覚えたから。







あっという間に夏休み。


――♪♪……


茜からのメール。


『やっぱり、かっこよかったよ~!予想通りの予選一位!!

本選は一緒に行けるといいねっ』



家のリビングでそのメールを受信した携帯をパタンと静かに閉じた。



入院?
ううん、してないよ。

けど、お父さんに反対されちゃった。

仕方ないよね…、やっぱり夏の炎天下に長時間いることがどうなることか…わかってる。

だから昨日の夜、茜にメールして断ったんだ。



「行きたい!!」そんな風にワガママを言えたら良かったのにな。。







壁にかかっている時計を見たら、16時。
真夏の湿度で外はまだまだ蒸し暑いけど
少し散歩に出かける事は許してもらってる。


今日はどこに行こう?

公園は行ったしな~。
あ、駅前に出来たパン屋がスゴイおいしいって聞いたから行ってみよ!!




「行ってきまーす」

「気をつけてな」

「はーい」



木にとまっているセミが鳴いていて、風も生暖かくって肌に浮かぶ汗が少し気持ち悪い。




こんな日に水の中で自由に泳げたら、気持ちいいんだろうな……。




「朝日奈海斗選手っ、一位おめでと~。でわ、本選への意気込みをどうぞ」

手を握ってマイクにしてちょっと、フリ。
こんな感じ??

「表彰台目指してガンバります。まぁ、余裕ですよ…なんちゃって」

声を低くして、マネ。
といっても、声なんて聞いた事ないんだけどね~。



「……ぁ」



一人で身振り手振りしてブツブツ独り言をしゃべって、にやついてたら

すれ違う人に怪訝そうな目で見られたっ。




「フフッ…重症かも」


こんな事でも笑えちゃう。
私、「恋」しちゃってるんだもん。

ホント、重症。





30分くらい歩いてきたのに、海斗のことを考えていたらあっという間に着いちゃった駅前のパン屋はスゴイ人。
地元のフリーペーパーだけじゃなくて、グルメ雑誌にも載ってる人気店。

やっぱりちょっと、疲れちゃったな。。


自販機でジュースをかって、駅前ロータリーのベンチに座った。






駅前は行き交う人で賑やか。

冷たいレモンティーを喉に流し込んだら、胸がスウッとしたから…

「お散歩…だよ?」

またポツリと独り言。





きっと、この独り言は

言い訳になっちゃうのかな…。



そう思っちゃうのは、ベンチから立ち上がった私の足が向かった先がは自宅方向でも、当初の目的地のパン屋でもなかったから。

駅前ロータリーにあるバスの停留所。




「…お願い、少しだけ静かにしていて」

胸元の服をキュッと握った。






思ったよりも随分早く目当てのバスが停車した。

プシューっとエアー音にすら、ちょっと足が震える。



「…大丈夫」

呼吸を深く吸い込んでからバスに乗り込んだ。





車内は空いていて、後ろから二番目の窓際の席に静かに座って、流れていく景色を見ていた。






今、私がしていることがどれだけムチャなことかなんて…分かってるよ?

お父さんにバレたら怒られるなんて、当たり前すぎて考えもしない。

それでも……

“もしも”の時の為に、GPSを搭載している携帯の電源を切ったことにも躊躇なんてなかった。







もちろん、すぐに帰るよ?

お父さんに
心配を、迷惑を、かけたいわけないでしょう。



『――…前~』



それでも…

会いたいの……。

もう一度、

会いたいの。

ただ、それだけなの…。