*powder snow ~空に舞う花~*


大悟の家から出るともう外は静かな夜空。


「……」

家へ帰るにはこの交差点を渡って右へ。


歩行者信号が点滅する中、交差点を渡ったオレの足は左へ。



しばらくして、目的地に着いたオレはスゥッと息を腹いっぱいに吸い込んで、そっと全てを吐き出した。


緊張?
そんなんじゃねーよ。。
ただ、身震いがするくらい……


懐かしさに浸りそうなんだ。






たまには…
あんな恋愛相談室も悪くない。


そう思えるのはきっと

もう二度と来ることはないと思っていたこの場に立っているから。



「……もうすぐキレイにしてもらえるからな」



落ち葉や、枝や、コケや、どこからか入ってきた土で黒ずんでるけど

春が終わる頃、シーズンに向けて部員全員で掃除をするんだ。


その後、日中ずっと蛇口をいっぱいに開ければ

陽を反射してキラキラ光る。




「オレ…」

ここに来たら、何かが変わる気がした。

決めれる気がした。

ここに立っていた頃の迷いのなかった自分に戻れるんじゃないかって…そんな気がしたんだ。






長い間遠ざけていたこの場所に
ふわりと春の風が吹いた。



「また…来るよ」

笑うなよ。
目に少しゴミが入っただけだ。


背を向けて、歩き出した。


不法侵入?
…まぁな。こんな夜に来てんだから、否定はしねえよ。



正門はもうすっかり鍵が締められているけど

知ってるんだ。

オレのいた頃から全校生徒全員が帰ってから、正門と一緒に閉められる裏門には鍵がかかってないって。

といっても、
今も鍵が閉められてないなんて知らなかったから、ちょっとした偶然。



こっそり入ってきた裏門へ戻ろうと、青いフェンスを通り過ぎた


その時だった…――







――ガシャンッッ!!


「…ぅわっ!!」



静まり返っている校内で、いきなり近くで何か倒れた音!

びびったー!!

ってか、今の音なんなんだ!?
何かが倒れる程の強い風なんて吹いてない。

まさか…怪奇現象!?

かなり苦手なんですけど…オレ。。



倒れた音のする方へ、恐る恐る顔を向けてみる。


「…!!」

あれって…、
人影…じゃね??


暗くて全然ハッキリなんて見えないけど、暗い中にも黒い塊みたいなもんが見えた。



生徒が残ってるはずがない。 じゃあ、教師か?


マジ、不法侵入だと思われるじゃん。オレ。





こういう時は
何も見なかったフリをしてさっさと帰るのが得策だと思う。。

ので…、
クルッと踵を返して立ち去ろうとした



けど………



「……きゃあぁっ!!!誰っ???」

背後から女の叫び声。


………マジ勘弁して。。


体はいつでも走って逃げれるように前を向いたまま、 顔を横に向けて後ろをもう一度チラッと振り返った。






「……えっ…!?」

月の明かりで、うっすらと見えるようになった人影が、教師じゃない事に安心するより先に
あまりに唐突すぎて一瞬ワケが分からない。



「…どうして…??」


きっと、どうしてはオレのセリフ。





「…千雪?」
「…海斗?」





「……どうしてここに??」


どちらからでもない問いかけは
きっと、今は誤解しない別の理由。



「オレは…久しぶりに来た」

「私も…だよ。久しぶりに来た。

どうしても、ここに来たくなって…」

「オレも」


来た理由は、一緒。

けど…その奥にある本当の理由はきっと違う。





だから…

「もう一度…
会いに、行こうって決めに来た」

「……」

“誰に”なんて、言わなくたって分かるだろ?



「千雪はもう会いたくなかったかもしれねーけどな…」

二度と現れるな…
そう言い放ったオレが言い訳出来る立場じゃない。



こんな事を聞いたオレに、黙ったまま軽く左右に首をふる千雪を見て
フッと息を吐いたのはため息じゃねぇからな??






「…初めてまともに会えたな」

他にも言う事たくさんあるんだろうけど

突き落とされたり
突き飛ばされたり

今までいろいろあったからな。





「海斗がちゃんと受け止めてくれないからだよ」

突き落とされないように?
突き飛ばされるのも?





ったく……、相変わらずムチャクチャだな。

じゃあ……



「受け止める」


話そうか。

お互い傷つけあわないように。なんて、キレイ事は言わないけど

涙も受け止めて
逃げ出さない事は守りながら。






オレをビビらせた音の正体が、千雪がつまづいた所有者不明の自転車が倒れた音だって事だけは、すぐに判明。



とりあえずその自転車を直して、アスファルトで出来た階段に

手をつなぐ事はしないけど

触れられるくらいの近い距離で2人腰を下ろした。




すぐに話はじめたのはオレ。


「…なぁ、千雪。
勝負、しようか?」

「え?なんの??」

いきなり勝負事を持ちかけたオレに、千雪はキョトンとした顔を見せる。


「ゴメンって、先に謝った方が負け」

「なによ、それ」


確かに、何なんだろな。
だけど、きっと謝ることで分かりあえることなんてオレたちの間には存在しないだろ?



「……」

「わかった。
私、負けないからね」

「オレだって負けねーよ」





横に座ってるせいで、目を合わせていないのは
こういう時にはちょうどいい。


隣から聞こえるフフッと軽く笑った声に素直に反応出来るから。



「…オレにはさ、ここが“絶対”だったんだ」



静かに揺れる水面すら、まぶたの裏に焼き付けてる。

全てだったと言わなかったのは…、なんでだろうな。。




「ここにいたオレを、知ってるんだろ?」

「…うん」

「そっか」

「水しぶきがね、キラキラ光ってて、その中にいる海斗が私にはまぶしかった」

「オレ、そんなにカッコ良すぎた??」

「バカっ」

「まぁな」