服装にしても至って地味なもので、暖色系のズボンとネルシャツと言う組み合わせが主でした。また幼い頃にあだ名の由来となったキャラクターの口調を真似ていたことがいつしか癖になり、友人を相手にしていても常に敬語で話し自分のことを私と言うものですから、その口調も老けて見られる一因となっていました。
 十代どころか二十代にすら見られることは少なく、三十代の半ば、凡そそれがしっくり来るのが私の外見でした。
 ですから、なお更疑問だったのです。何故君のような女性が私等を誘ってくれたのか。君の行動の真意はいったい何なのか。私は牽制し合いなかなか破られない沈黙の中で、それらの疑問を投げ掛ける機会を伺っていましたが、その沈黙は君に依って破られました。
「私、岡本亜紀と言います」
 そうでした。言われてみれば私達は、まだ名前すら名乗っていなかったのです。とは言え、私は君の名前を知っていたのですが。
 店で君のメンバーズカードをパソコンに読み取る度に、その名前を目にしていましたから、いつの間にか覚えてしまったのです。勿論、得意客ならば誰の名前でも頭に入っていたわけではありませんが、私は少なからず君のことを気にしていましたから、覚えてしまったのは当然とも言えるのでしょう。
「あっ、はい」
 私が短く答えると君は僅かに頭部を傾け、視線で何かを訴えました。
 一瞬の後、私はその意味を理解し「堀内大樹と申します」といつも通りの堅い口調で名乗りました。君は上がった口角を更に強調させるように微笑を見せました。
「堀内さん。あ、でも私の方が歳上だから、大樹君でもいいですか?」
 問い掛けた君は楽しげで、まだ固まりっぱなしの私を差し置き、その緊張は早くも溶けかけているように感じました。
「はい。呼び方はお任せします」
 そう答えはしたものの、母親や親戚、或いは母親の友人達以外の女性から名前で呼ばれること等、それまでの私には縁がありませんでしたから、内心では若干の気恥ずかしさを感じていました。
 注文した飲み物が出されると、君は私に断りを入れてから適当に食べ物を注文しました。そして再び店員が離れると、互いに小ぶりなグラスを手に取りました。
「それじゃあ、これから仲良くなれますように」
 はにかみと共に小声で発した君の音頭に併せ、私達は極めて遠慮がちにグラス音を響かせたのでした。