一日の務めを終えた太陽が沈み、空が夕闇に包まれ始めた頃、私は約束の改札前に戻って来ました。
 案内板の横に掛けられた時計を確認すると、約束の時刻まではまだ三十分程ありましたが、待つと言う行動は私にとって苦痛なものではありませんでしたから、帰路に着く人々の喧騒と、それにも増して騒がしい私自身の鼓動の中、君の到着を待ちました。学校での日常に戻っていた間には影を潜めていた媚薬の効果は、ここへ来て再び主張を強めて来たようでした。
    
 君がやって来たのは思いの外早く、それから凡そ十分後のことでした。
 ピンク色のロゴの入った白いTシャツに、黒のロングスカート。靴は深い紫色で、くしゅくしゅと皺があり、布とも革とも見える素材の一風変わったものでした。それらは当然ながら朝に見た姿と変わりありませんでしたが、朝にはなかった白い小さな紙袋の口から、何やら緑色の植物が覗いているのが確認できました。
「お待たせしました。早かったんですね」
「いえ、私も今来たところです」
 私達は月並みな会話を交わし、君が友人と度々訪れると言う、小さいながら趣のある居酒屋に入りました。そして、店員に四人掛けのテーブル席に通されると、おしぼりと割り箸、それから細やかなお通しを出され、「お飲物から宜しいですか?」と注文の催促をされるのでした。
 君がカシスソーダを、私がウーロン茶を注文すると、店員はテーブル席の低くなった天井から小さな簾を垂らし、厨房へと引っ込んで行きました。
「お酒は苦手なんですか?」
「はい。と言うか、まだ未成年なので」
 私が返答すると、君は「えっ!?」と些か間の抜けた驚嘆の声を出しました。そして直後に我に帰ると慌てたように、「あ、すみません。落ち着いて見えますね」と失言を取り繕おうとしました。
 君の反応は無理もありません。私の外見がとても十代には見えないことは、自分でもはっきりと自覚していたのですから。
 生まれ付きのしつこい癖毛は量も多く、常に耳に掛からない程の長さを維持していました。低い視力を補うための眼鏡には凝ったデザイン等は皆無で、それは、年配の方が掛けているような、レンズが大きめな銀縁のものでした。中学生の頃から生え始めた髭はみるみる濃くなり、毎日欠かさず処理していても、顎や口周りに留まらず頬までもを青々と見せるのです。