私は大学生なりました。
 進学に際し私の学力では幾つもの選択肢はありませんでたが、それでもなんとか東京のある大学に進むことができました。就職と言う進路も考えはしましたが、私の進学したい気持ちを悟った母親が、そっと背中を押してくれたのです。
   
 大学生になった私の生活には、一つの新鮮な変化がありました。自宅の最寄り駅近くのレンタルビデオ店で、アルバイトを始めたのです。
 それも矢張り、母親の勧めでした。それまで家に籠もりがちだった私ですから、世界を広げさせる必要があると考えたのかも知れません。
 そしてその些細な変化は、後に私にとって大きな、とても大きな変化をもたらしたのです。
 アルバイト先は一階が店、二階より上階はワンルームの賃貸マンションと言う造りになっており、それなりに毎日繁盛していました。
 始めの内はレジ打ちやら、商品陳列やらの修得に手一杯でしたが、徐々に余裕ができ始めると、店内や客の様子にも気が回るようになりました。
 料金が半額となる水曜日の夕方に小さな娘を連れて来店し、一週間分のアニメやら、子供番組のDVDやらを借りて行く若い母親。勤め帰りに、コンビニで買った缶ビールをぶら下げて来るサラリーマン。君は、そんな馴染み客の中の一人でした。
 店内の忙しさも落ち着き、私が勤めの終わりを気にし始める夜の十時過ぎ。君がやって来るのは、決まってそんな時刻でした。
 長く艶やかな髪はほんの気持ちほど、本当に自然に茶色掛かっていました。恐らくはどこぞの美容院で着色したものだったのしょうが、私の目には生まれ付きそうであるかのように写るほどの、厭らしさのない自然な茶色でした。肌はとても白く、まだ日射しの然程強くない五月の中旬だったことを差し引いても余りあるものでした。顔の大部分を占めているかのようにさえ感じられる、大きな黒目がちな目。小ぶりながら口角の上がった存在感のある口元。その特徴的な部位のバランスを取るように、大人しそうな鼻が、顔の真中にちょこんと配置されていました。服装に付いては決して派手ではなく、かと言ってとんだ流行遅れと言うわけでもなく、品が良く清楚な出立ちでした。
 その頃、度々来店する君を見ては心中で綺麗な人だ等と、陳腐な感想を持っていました。そう、詰まるところ私にとって君は、端からそんな風に思うだけの存在だった筈なのです。