妙に色っぽい表情で、
真樹の耳許で囁く杉崎。


「彼方…って呼べよ…」
「っ!」

思わず跳ねる肩。
真樹のそんな反応を見て
くすりと笑う杉崎。


「可愛いね、真樹ちゃん」
「ちょ、ま…っ」


近付いてくる杉崎の顔に
動揺が隠せない真樹。
しかし流される訳にも
いかないと思う。

徐々に近付いてくる杉崎の顔。
頭の隅にあるちょっとの
冷静さで、重なる前に
顔をぷいと左に避ける真樹。

その真樹の行動に
苛立ったのか、
さっきより眉間に皺を寄せ
不機嫌そうな顔で真樹を見る杉崎。


「何で避けるよ?」
「だって…先生、ですから」

真樹の答えに杉崎は
呆気を取られた。
〝嫌だから〟
とかいう理由ではなく
〝先生だから〟
という理由。
だったら自分は
教師という立場じゃ
なけれがこの行為が
出来たというのか。

「はっ…」
「?」

思わず出たのは自嘲の息。
何やってるんだ、と
自分に呆れてしまう。

そして掴んでいた
真樹の手を離して
いつものように
笑って向き合う。


「悪かったな、こんな事して」
「あ、いえ。
正気に戻って頂けたならそれで」

ホッとしたように
笑顔を見せる真樹に
杉崎は愛しそうに微笑み返す。

「さっきのこと…」
「え?」
「…名前のこと、
別に気にしなくていーからな」

寧ろ忘れてくれ、と
ちょっと恥ずかしそうな
笑顔を見せる杉崎。
真樹は少し間を空けて
はい、と返事をした。

その瞬間
コンコン、と
扉を叩く音が聞こえた。

失礼します、という
落ち着いた声が聞こえてきた。


「真樹、迎えに来た」

入ってきたのは
少し緊張した面持ちの悠だった。

悠を見て幸せそうに笑う真樹。
さっさと荷物を持って
悠のとこまで速歩き。

そして杉崎に振り返る笑顔。

「また明日、彼方先生」

そう言って真樹は
悠と一緒に保健室を後にした。

杉崎は暫く呆然とし、
複雑に笑いながら
誰もいない廊下に向かって
「気ぃ付けてな」と呟いた。