[竹之内]


「社長が夜逃げってどう言う事だよ!」
「せめて給料払って行きやがれ!!」


俺が出版社の事務所に着くと、何人か先客がいた。
その中に知り合いもちらほらいる。
いずれも、此処に雇われて話を書いてた作家の人たちだ。

「お、のーちセンセだ」

その怒り狂った輩の中から呑気な声がする。
視線を向けると、メガネを掛けた女の子がこっちに向かってくる。
金山、だったか。

「…叶センセ」

HNは金山のカナを取って、叶と名乗っている、俺と同業者の、作家…なんだが、どうも俺は叶の小説は好きではなかった。
まあ人の好みなんて十人十色だから、ハッキリ言わないけど。
実際叶の小説は売れてるし。
でも、人として好きになれないかと聞かれると、そんな事は無い。

「…社長、いなくなったって、ほんと?」

「ホントらしいよ。売り上げ持って逃げたーって朝担当さんから電話来たし」

にこにこと笑いながら悲惨な状況の説明をする叶は、何処か調子でも悪いのかと疑いたくなる程落ち着いていた。