「そうかな?

これでも気取った方だけど」

そう言って訳のわからない英語がかかれたロゴのTシャツに弥生は視線を向けた。

俺も通気性がいいと言う理由で買ったポロシャツに視線を向ける。

我ながら、手抜きした感が丸出しである。

誰かさんみたいに鼻息を荒くしながら決めると言うのも面倒なだけである。

服装だけじゃなく化粧にまで気あいを入れている美波さんに、俺は心の中で呟いた。

まつ毛なんか特にやり過ぎじゃねーか?

つけまつ毛以外に何か乗せてるよ、きっと。

アゲ嬢級のボリュームに少々引け腰な俺…あ、弥生もだ。

関係のないことを思いながら、俺はうんうんと首を縦に振ってうなずいた。
「と言うか、あの人って杉里さんじゃない?」

「えっ?」

美波さんが指を差した方向に、俺たちも視線を向けた。

異色と言っても過言ではないくらいの爽やかな空気がそこにあった。

間違いない、あれは杉里さんだ。

その空気とその顔を見間違うはずがない。

「ウソ…!」

彼の姿を目にしたとたん、弥生は手で口を覆い隠した。

今、絶対に自分の格好を目の当たりにしただろうな。

着なれたTシャツに洗濯のし過ぎで色あせてしまったジーンズと言う自分の格好に心の底から後悔をしていることだろう。

「大丈夫、似合ってる」

美波さんが慌ててフォローをするけれど、焦っている感があり過ぎだ。

そう思っていたら、美波さんがツンツンと俺のわき腹を肘でつついてきた。

えっ、俺もするの?
つつかれた以上、仕方がない。

「そうだよ、似合ってるって」

俺は何故気の効いたことを言えない。

美波さんと同じことを言ってるだけじゃないか。

こう言う時に限ってデリカシーがない自分に笑える。

いや、笑い事でもねーか。

「あーもう、あたしのバカー!」

両手で頭を抱えて困ったように弥生は言った。

「こんな姿じゃ杉里さんに顔向けできないよー!

って言うか、お嫁にも行けないよー!」

弥生は頭を抱えながらその場から逃げ出した。

「あ、ちょっと!」

「おい、弥生!」

俺たちも後を追うようにその場から立ち去った。
*゚。弥生Side。゚*

杉里さんは一体何の用であんなところにきてたのよ…。

この間の日曜日、美波に強制参加させられるように出かけたお見合い大会を思い出すだけで後悔にさいなまれる。

気合いを入れた美波の格好とは真逆に、あたしはラフと言うよりもシンプルな格好をしていた。

たかがお見合いだし、そんなハデな格好をしなくてもいいかなって思ったのよ。

けどまさか、杉里さんがいたなんて…。

ショックが強過ぎて、日曜日からずっとこんな感じである。

今日は水曜日になったから、もう3日目だ。

いい加減に立ち直れよって言うところだけど、あたしはなかなか立ち直れなかった。

だって、立ち直れることができる訳ないでしょうが!

「弥生、どうしたんだ?」

部屋の外からお父さんの声が聞こえた。
「あー…大丈夫だから、親父。

ちょっとへこんでるだけだから」

嵐の声も聞こえてきた。

ちょっとって、こっちはかなりへこんでますけど!?

「そうか」

それだけ返事をすると、お父さんはどこかへ行った。

「全く、さっさと息子だって認めろよ」

ため息混じりで嵐はぼやいた。

そりゃ、無理だと思うよ。

証拠が不充分だもん。

遺言書とペンダントだけでわかるはずないでしょうが!

遺言書なんて、偽造しようと思えば偽造できるもん!

ペンダントなんて、どこにでも売ってるものに適当に名前を書けばできあがりよ!

「と言うか…弥生、へこむのはそれくらいにしろよ」

嵐が言った。

…すみません、それは八つ当たりですか?
お父さんに八つ当たりする代わりに、あたしに八つ当たりですか?

「美波さんもマジで心配してるし、親父もあれだし」

あれだから何よ、あれって!

あたしは1人で傷心の真っ最中だって言うのに!

美波はいいわよね!

“超”がつくくらいのお気楽お姉ちゃんですから!

“超”がつくくらいのポジティブお姉ちゃんですから!

心の中で呟きながら、あたしは1人ですねていた。

「全く、今日も俺が美波さんの相手をしなきゃならねーのかよ。

酒が絡むとなるとマジで厄介なんだから…」

ブツブツと口の中でぼやきながら、嵐はどこかへ行った。

*゚。弥生Side。゚*END
「弥生、まだふて寝してんの?」

グラスの中のビールを見つめながら、美波さんが聞いてきた。

「そうみたいっすよ」

そう答えると、俺は美波さんの前につみれを出した。

弥生がへこんでも、『居酒屋ますだ』は今日も営業中である。

常連客には弥生は風邪をひいて寝込んでると言っているけれど、これがいつまで続くのかはよくわからない。

「あいつはへこむと、昔から面倒なヤツだった」

焼酎片手にレバーの焼き鳥を口に放り投げるのは、リコちゃんの旦那さんの梓さんである。

彼は『桜狩仏壇店』の1人息子で店主だ。

アラサー…とは思えないくらいのイケメンさんである。

元高校球児だったと言うこともあってか、体格は俺よりもいい。
商店街のソフトボールチームではピッチャーをしているんだとか。

すげーとしか言いようがない。

「テンションの高いわりにはへこむと大変なんだよ。

あいつの頭ン中をぜひとも見てみたい」

そこまで言いますかね、梓さん。

そんなことを思っていたら、
「おい、店を任せる」

親父が出てきた。

「どっか行くの?」

俺が聞くと、
「商店街の集まり」

そう返事をすると、親父は店を出て行った。

ったく、俺の名前は“おい”じゃねーつーの。

“嵐”っつー立派な名前があるんだから。

親父も親父で、さっさと息子だって認めればいいのに。
「あのさ」

梓さんが話しかけてきた。

「何ですか?」

「お前、ヤヨの弟なんだよな?」

そう聞いてきた梓さんに、
「あー、そうっすけど?」

俺は答えた。

まあ、正しければの話だけどな。

「と言うか、何か意外だな。

ヤヨにこんなイケメンの弟がいたなんて」

「ホントよねー。

弥生から弟だって聞いた時、何かのドッキリじゃないかって思った」

「だよなー」

笑いながら2人が酒を飲んでいた時、
「あーちゃん!」

スパーン!

勢いよくドアが開いたと思ったら、リコちゃんが現れた。